著者
アルサデク ハフェズ 松島 豊
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会構造系論文集 (ISSN:13404202)
巻号頁・発行日
vol.64, no.516, pp.73-81, 1999
参考文献数
6
被引用文献数
1 2

1.序論 建築骨組構造では、空間を仕切るために壁要素(Infill Wall Element)がよく使われる。骨組要素が壁要素を含む場合、その骨組を壁付骨組と呼ぶことにする。多くの発展途上国ではこのような壁付骨組構造が広く用いられている。壁要素にはいろいろな材料が用いられる。例えば煉瓦やコンクリートブロックなどである。実際の設計では多くの場合壁と骨組はモルタルの付着だけで結合される。壁付骨組の地震時の非線形挙動については不明な点が多く、明確な設計指針もない。通常壁要素は非構造部材として無視される。そこで本論では壁付骨組の耐震性能を近似的に把握するために、非線形地震応答における骨組の累積塑性エネルギー及び塑性率の期待値と標準偏差を単純な数式で表現することを目指す。またそれを用いて壁付骨組の耐震信頼性を評価する。2. 要素の履歴モデル 壁要素の履歴モデルを図1(b)のように設定する。壁要素の脆性的特性は降伏後の負剛性で表されている。剛性の低下は強度の低下に比例するとする。支配パラメータは初期剛性(K_<w0>)、降伏強度(Q_<wy>)、及び降伏後の負剛性(βK_<w0>)である。骨組要素の復元力は、図1(c)に示すバイリニア形とし、塑性剛性はゼロとする。支配パラメータは初期剛性(K_<f0>)と降伏強度(Q_<fy>)である。二つの新しいパラメータR_k(=K_<fw0>/K_<f0>)、とR_q(=Q_<fwy>/Q_<fy>)を定義する。ここで、K_<fw0>=K_<f0>+K_<w0>及びQ_<fwy>=Q<fy>+Q<wy>である。壁付骨組の復元力は壁要素と骨組要素の復元力を足したものとする。壁要素の損傷に応じて荷重が壁要素から骨組要素に移り、壁要素の完全破壊後は壁付骨組の挙動は骨組だけの挙動と同じになる。 3. 非線形応答解析 一定のパワースペクトル密度関数をもつ平均値ゼロの定常ホワイトノイズを入力加速度とする。それを静止している非減衰1自由度系の基部に作用させる。骨組要素の強度に対する入力の強度の比に相当する無次元量なを定義し、その値の範囲を0.0125〜0.05とする。過去の関連する実験データを参照して、R_k=1,6,8,..,14、R_q=1.0,1.4,1.5,..,2.0、β=-0.05,-0.10,-0.20と設定する。R_k=1.0、R_q=1.0は骨組要素のみの場合に相当する。骨組要素の無次元累積塑性エネルギーλの期待値と標準偏差(λ^^-、σ_λ)及び塑性率μの期待値と標準偏差(μ^^-、σ_μ)に着目する。それらは固有周期で無次元化された時間τに依存する。λ^^-とτの関係は一般に図3のようになり、(2)式のように書き表すことができる。シミュレーションの結果を参照して、式中のτ_cを(3)式の形に仮定する。右辺の第1項は骨組要素だけの場合のτ_cの値を表し、ξのみの関数である。第2項は壁要素の影響を表す項で、ε/ξとβの関数となっている。ここで、εは図1(c)の影のついた四角形の面積に対する(b)の三角形の面積の比である。式中の定数を数値解に最も合うように決めると、図2のようにλ^^-の表現式は数値解とよく一致する。μ^^-,σ_μ,σ_μについても(5)式のように(2)式と同じ形式を仮定し、式中の係数a_i、b_iもλ^^-の場合を参照して、(6)、(7)式で表現する。式中の係数を同様に数値解に最も合うように決めると、図4、5のように表現式は数値解とよく一致する。以上の表現式中の係数を一括して表1にまとめる。重要なことは、骨組要素の応答はξに依存し、壁要素が骨組要素に与える効果は、ε/ξとβの関数として表されるということである。図5から分かるようにβそのものの影響はあまり大きくないが、εはβに依存する。結局ε/ξが壁要素の効果を表す最も重要な指標となり、この値が大きいほど壁要素が骨組要素の応答をより小さくする。 4. 信頼性解析 無次元累積塑性エネルギーまたは塑性率がそれぞれある規定された値λ_Fまたはμ_Fを超えない確率を信頼性関数R_λ(λ_λ)またはR_μ(μ_F)と定義する。信頼性関数は(8)、(9)式のように対応する確率密度関数を積分することによって得られる。確率密度関数として対数正規分布、ガンベル分布及びガンマ分布の三つを仮定し、すでに得られた表現式を用いて信頼性を評価してみる。その結果によれば図7のように信頼性は確率密度関数の分布形にあまり影響されないことが分かる。そこでλとμの信頼性関数を近似式で表される期待値と標準偏差をもつガンベル分布であると仮定し、シミュレーションによって求められた信頼性関数と比較する。その結果の例を図8、9に示す。近似解と数値解はよく一致していることが分かる。骨組要素の信頼性は、ξが大きいほど小さく、ε/ξが大きいほど大きい。 5. 結論 脆性的要素(壁要素)を含む骨組の非線形地震応答の特性と信頼性について考察した。壁要素は降伏後に負の剛性となる履歴特性をもち、骨組要素は完全弾塑性形履歴特性をもつとした。壁付骨組構造を非減衰1自由度系にモデル化し、定常ホワイトノイズを入力加速度とした非線形地震応答解析を行った。得られた結論は次のようにまとめられる。 1. 骨組要素の無次元累積塑性エネルギー及び塑性率の期待値と標準偏差の近似解をすべて同じ形式の単純な関数で表現し、それらを用いて信頼性解析も行った。シミュレーションの結果と近似解は実用的に許容できる範囲でよく一致した。 2. 壁要素が骨組要素の応答に与える影響は、ε/ξとβの関数で与えられる。ここでεは骨組要素の弾性限歪エネルギーに対する壁要素の歪エネルギー容量に相当するような量であり、ξは無次元入力強度、βは壁要素の負の塑性勾配比を表す。とくにε/ξが壁要素の効果を表す重要な指標である。