著者
和泉 ちえ イズミ チエ IZUMI Chiye
出版者
千葉大学文学部
雑誌
千葉大学人文研究 (ISSN:03862097)
巻号頁・発行日
no.35, pp.1-17, 2006

善良なる愛国者メレトスがソクラテスを告訴するに際して提出した宣誓口述書の内容、即ち「ソクラテスは犯罪人である。青年を腐敗させ、国家の認める神々を認めずに、別の新しいダイモーンの類を祭るがゆえに」という告訴理由の主要論拠は、「ソクラテスは天空や地下のことを探求している」というアテナイ市民一般の認識であった。しかし「天空や地下の事象に関する探求」が如何なる意味において不敬罪に該当するのか、その論拠は明瞭ではない。メレトスをはじめとする多数のアテナイ市民は時の権力が煽り立てる独善的愛国主義に踊らされ、無教養に起因する判断停止に流されながら不敬罪訴訟を乱発する多数派の潮流に喜々として便乗し、取り返しのつかない愚かな判決投票を重ねていた。