著者
ゴロウィナ・クセーニヤ
出版者
Japanese Society for Current Anthropology
雑誌
文化人類学研究 (ISSN:1346132X)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.77-102, 2021 (Released:2021-01-21)
参考文献数
58

本稿は、在日ロシア語圏女性移住者を対象として、聞き取りと自宅訪問調査をもとにした研究である。この研究は、対象者が移住先において向き合い形作ってきた、消費財との関係の変化を辿ることを目的としている。1990年代にロシアを始めとするポストソビエトの国々を後にした、多くの在日ロシア語圏女性移住者の移住前の生活は、それらの国々の政治的不穏ないし経済的不確実性によって特徴付けられていた。日本を行き先としてこれらの国々をより遅く離れた人々にとっても、移住者本人や、それらの親、親戚、友人などが経験した消費財の不足は移住前の過去の記憶の中で中心的なものとして語られることが多い。本稿は、移住前のこのような経験の後、受入れ国である日本での「無限」の消費選択肢に伴う幸福感という移住当初の感情が、女性たちが日本での生活に慣れるに従ってどう変わってきたのかを考察する。彼女たちのライフコースの展開に伴う新しい感情や態度は、「謙虚に生きること」や「少ないものでやりくりすること」「地球環境を大事にすること」「ジェンダーや健康の意識を維持すること」などといった、新たな価値観が彼女たちの内面に浸透したことによって引き出されたということがわかった。また、一部の対象者は、消費実践や贈与交換、自宅での商品の存在や配置といったことについての、家族との交渉の不成功などの結果として消費財が身の回りに過剰に存在することに対する不快な感覚について語った。本研究は移住者の人生・暮らしという文脈を背景とした消費的物質性に伴う生の経験が、対象女性らによる消費ライフスタイルの「具象化された批評」や「道徳的自己」の談話的構築をどう導いているのかを明らかにしている。