著者
ハラルド モリイ
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.46-66, 2014-12-25 (Released:2019-04-09)

痛みは生命にとって必要かつ重要なサインであり,人間の命を守るために欠かせないものである.私たちの体のシステムが正しく機能していれば,通常,日常生活で痛みを感じることはない.痛みのもつ「意味」はその機能の中に見られる.すなわち,体に,その人に,体のシステムのうちの何かがうまく機能していないことを知らせることである.また,強迫性障害や抑うつといった精神障害によって引き起こされる痛みは,治療を受け,生き方を変えることの必要性を示している.痛みの知覚は,免疫学的レベル,そして患者がさらされているストレスのレベルによる.ヴィクトール・E・フランクルの研究によって,また,現代精神神経免疫学の観点から,私たちは,痛みの知覚は運命に対する内的態度を変え,催眠術,瞑想,芸術療法のみならず音楽療法を(もちろん,医学的,薬学的治療に加えて,必要であれば)用いることにより,心理的な側面からコントロールすることができるという確信を深めている.ロゴセラピーは,痛みに苦しむ患者たちが痛みの強さと量をコントロールする方法を学ぶことを手助けするために介入するときの武器である.音楽療法は精神の抵抗力(VEフランクル)を引き出し,患者の内的潜在能力を活性化させ,その人の健康状態に影響を与えるための,とても有用な増幅器となりうると考える.
著者
ハラルド モリイ
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.55-72, 2017

<p>2007年,医療応用に向けてiPS細胞の未来への扉が開かれた.その扉を開けたのは,その後(2012年),ノーベル生理学・医学賞を受賞する山中伸弥教授である.医療が急速に発展する中で,今,医療看護など人を助ける仕事に携わる専門家に求められていることがある.それは,今日行われている研究の成果を全人的医療に取り入れるために,多面的な方法を作り出すことである.日常的に患者から出される要求に全人的に対処しようとすると,有望な医療技術が数多く開発されているにも拘わらず,多くの問題に直面する.それは健康や幸福,また意味ある人生を脅かすものである.</p><p>今日,医療は「自己破壊的な生活習慣」(永田,1999)が原因で起こる疾病の急増に直面している.「iPS細胞は患者や疾患を特定して使われるので,個々の表現型を効率よく特徴づけるための理想的な道具であるのは明らかである.同時に,iPS細胞によって,環境と生活習慣の影響という絡み合った糸が解きほぐされていく」(JAMA,2015年4月).こうした疾病はその人の生き方に関係がある.アルコールや薬物の乱用,喫煙習慣によって生活の質(QOL)は大きく低下し,寿命が縮まる.運動習慣がない,不健康な食生活をしている,あるいはゲーム依存などの不健康な行動習慣があると,人生で本当に重要なことがわからなくなってしまう.すると,創造性に満ちた現実の人生や自然ではなく,ますます仮想現実の中で生きるようになる.</p><p>iPS細胞技術の研究が進んできた結果,今後数十年のうちに,様々な疾患がこの新しい発明によって治療できるようになるとも言われている.ガン,冠状動脈性心疾患,糖尿病,高血圧,脳卒中などの病気はこれからも患者に襲いかかるであろうが,iPS細胞技術は便利な修理工場やサービスセンターのように受け止められることだろう.しかし,これはコインの一面でしかない.コインのもう一方の面には,精神病や慢性病,そして影響力が大きく根源的な苦難が広がっている.患者は人生に失望し,欲求不満を抱え,自暴自棄になり,怒っている.彼らにとって,人生の意味を探すことはますます無駄なことになり,その苦しみから自殺を考えることもあるかもしれない.先進国の医療の進歩や文明の発達は驚嘆すべきだが,医療看護の専門家たちは,これまで以上に人間の魂や心,精神生活の大切さを重視していかなければならないだろう.</p><p>ロゴセラピーの創始者であるビクトール・フランクルは,人間の魂や精神を「実存」と呼び,人間に特有のものであると述べた.患者に生活習慣を見直し改善するように望むのであれば,我々専門家は彼らに動機付けをする,つまり達成目標を示さなければならないであろう.さらに,患者が日々意味のある人生を送れるように,指導することも必要である.体質や遺伝的要素,その人の性格といったものに比べ,人間の行動は健康的な生活を最も制限するものである.行動は生活習慣に影響を与える.そして「生活習慣の核をなすのは,意味である」(永田).ビクトール・フランクルは,人生の価値を実現する人間の力を非常に重んじていた.フランクルは,「可能性を現実のものにする」ことが,人生の目的や意味を見出すのに最も影響することを発見した.意味ある人生を送っていると,気分や生活の質が良くなるだけではない.意味ある人生を送ることで,免疫系や体の深層レベルまでもが影響を受け,安定するのだ.</p><p>iPS細胞技術は,精確な医療でもある.医療の新時代において,疾患に対して個別にアプローチし,治癒することを目標としている.「データを基にした新しい疾患分類と,対象となる疾患を特定した治療法と,この二つによって,医療が効率的で現代的なものに生まれ変わることを望む」(JAMA,2015年4月).</p><p>癒しは,身体的医療という側面もあるが,常に意味を伴うものである.つまり意味による癒しである.現代の研究者が個別医療の重要性について言うとき,我々も患者一人ひとりの自律性に目を向けるよう求められている.自律性を育むには,自分という存在の独自性を強く意識し,その意識が成熟する必要がある.</p><p>ドイツの有名な神経生物学者であるゲラルド・ヒューターは,研究の結果,人間の脳が本来求めているものを明らかにした.―実は,これも精神や実存面に影響を及ぼすものであるが―それは,人生に熱狂することと関心を持つことである.ビクトール・フランクルは,人生は価値に満ちている,という結論に至った.価値は,人生で経験することに関心を持ち,心奪われるような体験をした時にも,何かを創造したり革新しようとする時にも満たされる.人生の価値を満たすことは,「治癒をもたらす要因」だと言える.</p><p>これからは,身体的な治癒だけで終わらせてはならない.iPS細胞のような医療技術を活用するだけでは,治癒したことにならないだろう.治癒には,精神的な健康や人生の満足度,意味の探求も含まれなければならない.患者の人生の目標を大切にすることと日々の行動とが互いに影響しあうと,患者は自分の生活習慣を改善しようと努力するのか,あるいは自分のことにも将来のことにも無関心になるのか,態度を決める.</p><p>ロゴセラピーは,iPS細胞技術が人間らしく使われ,この技術が発展していくために必ず大きな力となる.人間は修理すればいいだけの機械ではない.人間は,一人ひとり生き生きとした存在である.魂に導かれ,人生で本当に大切なことへの気づきに導かれながら,生きているのである.</p>