著者
加藤 晃己 喜山 克彦 杉山 和成 志田 直樹 絹川 典
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.40-49, 2021-03-25 (Released:2021-04-02)
参考文献数
16

筋痛性脳症/慢性疲労症候群(ME/CFS)とは,原因不明の慢性で深刻な疲労や広汎な痛み,睡眠障害などの多彩な症状を呈する疾患である.今回,自閉スペクトラム症(ASD)と注意欠如・多動症(ADHD)が併存する神経発達症群に合併したME/CFSの1例を報告する.【症例】14歳,男性,神経発達症群,感冒を契機に多彩な身体症状を呈し,ME/CFSと診断された.低血糖とグルコース・スパイクが認められた.治療は補剤の投与と食事指導を行った.実存的資源であるマリンバ演奏を支持した.発症後5ヶ月での学習環境の調整を機に症状は改善しME/CFSの診断基準から外れた.低血糖とグルコース・スパイクの頻度は軽減した.【考察】神経発達症群に合併したME/CFSの1例に対して,社会的ストレス軽減のため学習環境を調整することと周囲の理解を得ることが最も治療効果があった.その上で衝動性に関与する可能性のある低血糖やグルコース・スパイクを改善するための食事指導が成り立つと考えられた.
著者
喜山 克彦
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.62-80, 2023-03-25 (Released:2023-04-13)
参考文献数
71

近年,痛みや疲労に関する臨床的な理解は,小径線維ニューロパチー(SFN)にパラダイムシフトしている.SFNは末梢神経のうち小径線維(Aδ線維とC線維)が障害される疾患である.小径線維は優先的に影響を受けることにより,外的および内的環境の脅威を迅速に検知し反応する役割を担っている.持続的なSFNは,感覚神経障害による慢性疼痛や自律神経障害による病的疲労や多臓器障害を引き起こす.SFNの約50%を占める特発性SFN(iSFN)は,ホメオスタシス(恒常性)の歪みによって引き起こされる.臨床家が初期iSFN(iiSFN)の段階で効果的な治療介入を行うことは,難治性の慢性疼痛および慢性疲労である慢性機能障害性身体的苦痛(CDBD)の発症を予防するだけでなく,健康回復や疾病予防につながる.
著者
橋本 裕子
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.33-40, 2017-12-25 (Released:2019-04-19)
参考文献数
9

線維筋痛症患者を理解するのは難しいと言われることが多々あるが,その原因の一つは,医療現場では時間がないこと,もう一点は,医療者と患者の立場,目指すものの違いであろう.患者は一刻も早く「この痛みから解放されたい」「今度こそこの医師に分かって欲しい」と強く思っている.「治るのか,一生治らないのか」「特効薬はないのか」「誰なら治せるのか」などの性急な相談がたくさんある.患者の気持ちとしては当然だろう.耐え難い痛みと不安,早く職場に復帰しなければ失職する,長期間医療費を負担する困難,家族に対する遠慮.発症に至る経緯,話したいライフストーリーが積もり積もっている.これを紐解くにはかなりの時間と聞き出す側のゆとりが必要である.治療には長期間かかるが,じっくり取り組む環境をまず作らなければならない.患者が現実に直面する困難や不安,治りたいと苦悩する気持ちを日頃の電話相談から紹介したい.
著者
堀田 晴美
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.39-45, 2014-12-25 (Released:2019-04-09)
参考文献数
16

侵害刺激で誘発される自律神経反応は,慢性痛を増悪させる要因の一つである.従って,その制御は臨床的に重要である.我々は,軽い皮膚タッチが熱侵害刺激による心血管反射を抑制し得ることをヒトと動物で見出した.その効果は,規則正しく配列した微小突起を持つマイクロコーンによるタッチで生じる.同一素材の平坦な円盤では効果がない.微小突起の有無は,触覚や体性感覚皮質の代謝,触知覚に重要な皮膚Aβ求心性線維の活動には影響しない.しかし,前帯状皮質の代謝や,皮膚低閾値Aδ及びC求心性線維の活動は,微小突起有の方でより高い.熱刺激による心血管反射を抑制するマイクロコーンの作用は,脊髄へのオピオイド受容体遮断薬の局所投与で消失する.以上より,マイクロコーンによる皮膚の低閾値Aδ及びC線維の興奮が脊髄のオピオイド系を賦活して脊髄での侵害受容伝達を抑制し,心臓交感神経反射を抑えると考えられる.
著者
立垣 愛郎
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.8-19, 2019-03-25 (Released:2019-05-09)
参考文献数
36

昨今の健康志向の高まりに伴い,食品成分の持つ健康機能が注目されている.中でも乳酸菌の健康機能に対する認知度はきわめて高く,近年,ヨーグルトのほか,乳酸菌入りチョコレート菓子やカップ麺等の食品が増えている.このように,乳酸菌が今まで以上に身近な存在となった理由としては,乳酸菌が持つさまざまな健康機能が明らかになってきたことやこれらの健康機能が殺菌された乳酸菌でも発揮することが明らかになり,食品への配合が容易になったといった研究成果によるところが大きい.本総説では乳酸菌や腸内細菌について解説するとともに,筆者らの研究グループが保有している食品由来の乳酸菌株の中から選別された,3つの機能性乳酸菌(R037乳酸菌,LAB4乳酸菌,R30乳酸菌)を例に,乳酸菌の健康機能について紹介する.●R037乳酸菌(Pediococcus acidilactici R037)抗アレルギー機能,中性脂肪低減効果を持つ乳酸菌●LAB4乳酸菌(Lactobacillus delbrueckii LAB4)血糖値の上昇抑制効果を持つ乳酸菌●R30乳酸菌(Enterococcus faecium R30)筋肉の毛細血管の血流を促進する乳酸菌
著者
喜山 克彦 岡山 知世 志田 直樹 内山 友香理 永田 勝太郎 志和 悟子 大槻 千佳 雨宮 久仁子
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.29-40, 2020-01-25 (Released:2020-07-02)
参考文献数
6

筋痛性脳症/慢性疲労症候群(ME/CFS)は,原因不明の慢性で深刻な疲労,広範な痛み,睡眠障害に多彩な症状を呈する疾患である.【症例】14歳女性,ME/CFS,全身のアロディニア,両手指,両足趾の屈曲拘縮.日常生活活動(ADL)は機能自立度評価(FIM)で51/126点を認めた.【経過】補法による治療に加え,理学療法士(PT)によるリハビリテーションを行った.【結果】ME/CFSの症状およびADL(FIM 110/126点)は改善した.【考察】ME/CFS患者の活動性レベルは約50%以上の低下を来す.ある患者はひきこもりや寝たきりとなる.労作後の消耗や疲労感はME/CFSの最も顕著な特徴であり,診断基準にもかかわらず,患者たちはしばしば不適切な運動を処方される.本症例は,補法および患者の持つ資源の活用,担当PTによる適切なリハビリテーションによりADLが改善したと考えている.
著者
伊藤 樹史
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.25-38, 2014-12-25 (Released:2019-04-09)
参考文献数
27

今回,臨床に応用できる,新しいデルマトーム(dermatome:皮節)を作成し,痛みの診断と治療への応用について述べる.従来のデルマトームは神経の分布を示したに過ぎない.臨床での応用は困難で間違いさえ生じた.ここでは新しいデルマトームを説明する.また新デルマトームとツボ(経穴)の当てはまりの良さも解説する.ペインクリニック(疼痛緩和部門)で痛みの診断と治療部位を決定するにはデルマトームは必要不可欠である.臨床においては,痛む障害部位がデルマトーム上に反映できれば,痛みを支配している責任椎体(脊髄神経)を簡単に逆探知することができる.2011年に国際疼痛学会が示した神経障害性疼痛の診断アルゴリズムは,”障害部位の解剖学的支配に一致した領域に感覚障害や他覚的所見が当てはまる”こととした.まさしく痛みはデルマトームで確認せよ,となったのである.今後はデルマトームを根拠にした針治療はプライマリ・ケアとして発展を遂げるものと確信すると共に,東西対症療法評価学会という考えも必要である.
著者
大平 哲也 陣内 瑶 青山 尚樹 溝口 徹
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.25-30, 2022-03-25 (Released:2022-04-14)
参考文献数
13

心理社会的ストレスは糖尿病発症の要因になるが,その一方で,糖尿病が持続することによりうつ症状が出現することや,急激な血糖変動が不安,イライラ等の精神症状を引き起こす場合がある.そこで本稿では,これまで国内外で報告されている血糖値の変動と精神症状との関連についての論文を概説し課題を抽出した.糖尿病が精神症状の要因になることに加え,低血糖が精神症状を引き起こす可能性が示唆されている.一方,精神ストレスが低血糖を引き起こす可能性があり,低血糖と精神症状とは相互に関連している可能性がある.5時間糖負荷試験の結果では,低血糖及び低血糖症状は健常人においても比較的高い頻度で起こる可能性があるが,低血糖のみでは症状が説明できない場合もあり,血糖値の変動幅の大きさ,インスリン分泌,自律神経機能の変化が症状に関連している可能性がある.持続血糖モニタリングは実生活での血糖変動と精神症状との関連を検討するために有用であるが,5時間糖負荷試験及び持続血糖モニタリングともに精神症状との関連をみた報告は未だ少なく,エビデンスを構築するために,今後これらの関連を多数例で検討する必要がある.
著者
米井 嘉一
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.11-20, 2021-03-25 (Released:2021-04-02)
参考文献数
39

炎症・疼痛は,免疫ストレスが身体に作用した結果として生じる.ごく初期の段階では微小炎症として存在し,これは免疫ストレスとして動脈硬化など老化関連疾患の危険因子となる.免疫反応には酸化ストレス,糖化ストレスが影響を及ぼす.糖化ストレスによる非生理的な蛋白翻訳後修飾には次の二つの経路がある.第一は,還元糖・脂質・アルコールに由来する中間体アルデヒドが蛋白糖化最終生成物(advanced glycation end products:AGEs)を生成,さらにAGEsがマクロファージ表面のRAGE(receptor for AGEs)に結合し,炎症性サイトカイン産生が亢進する経路.第二は,ミトコンドリアのTCAサイクル障害を惹起し,フマル酸によるシステイン残基のサクシニル化によりS-(2-succinyl)cysteine(2SC)を生成する経路である.その結果,炎症・疼痛は増悪し,糖化ストレスがさらに強まるという「悪性サイクル」が存在する.現代はまさに「糖化ストレスと闘う時代」である.今後は,糖化ストレスについて理解を深め,適切な対応法を確立し,実践していくことが重要である.
著者
渡邊 昌
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.63-74, 2019-03-25 (Released:2019-05-09)
参考文献数
36

食生活が健康にかかわっていることは古今東西,共通であり,否定する人はいないであろう.筆者は食事を多方面から研究し,玄米,菜食,腹八分目が腸を整え,健康長寿に最もよいと確信を持つようになった.玄米と具の多い味噌汁で必要な栄養素はすべて賄え,さらに抗酸化作用をもつ多くの機能性物質も摂れる.人間は肉体的には老化していくが,精神的には成熟し続けることが可能である.正食(マクロビオティック)は玄米主体の日本食であり,菜食主義者に近い食事である.人間の腸内細菌叢の組成は食事によって変化する.玄米食は多くの酪酸産生菌の増殖を促すものであり,健康な腸内環境の維持に役立っている.長寿者の研究から,望ましい菌は大便菌(フェカリバクテリウム)やビフィズス菌などであり,酢酸や酪酸産生菌であるとされる.これら菌を養うには食物繊維を摂ることが重要で,肉を減らし野菜を多く摂る,玄米を食べるということで達成できる.筆者はコメの機能性に着目してMedical Riceのコンセプトを広めている.低たんぱく玄米は玄米の機能成分は残しつつ腎不全の進行を抑える食材としてほぼ理想的といえる.
著者
店村 眞知子 江川 直人 永田 勝太郎 大城 昌平 一之瀬 大資 犬塚 博
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.5-14, 2014-12-25 (Released:2019-04-09)
参考文献数
10

[目的]測定者側が音楽の理論(リズム,音組織,調性,旋律の意味するもの等)を予め把握しておいて,対象者に音楽を聴取させたとき,精神生理学的にどう反応するのか,(自律神経系と脳血流)の測定を行い,結果を検討した.[対象]聖隷クリストファー大学学生10名(女性,平均年齢20歳)である.[方法]楽曲には,ベートーベンの“エリーゼのために”(4分)を用いた.楽曲の構成は3部形式(ロンド形式:A-B-A-C-A)である.この曲は,Aという主題がB(展開部)とC(展開部)を取り込みつつ循環する形式である.1回目の主題を提示部とし,2回目の主題を再現部,3回目の主題を終結部とした.楽曲聴取の前後に1分の安静期を設定した.演奏には,デジタルピアノを用いた.測定方法:演奏聴取時の脳活動の計測を行うため,近赤外分光法(near-infrared spectroscopy:NIRS)を用いた.心電図(Mem-Calc/Tarawa)を被験者に装着し,心拍変動を記録し,そのスペクトル解析をおこないHFamp,LF/HFratioを検討し,これらの生理学的反応と音楽構成要素の相関を調べた.[結果]結果には個人差があった.しかし,概して以下の傾向が認められた.主題においては最後の終結部において交感神経系が治まり,副交感神経系が優位になった.リラックスが起きていると言えた.BとCの展開部においては副交感神経系が亢進し交感神経系の活動が治まった.展開部は心地よい状態と言えよう.主題が有する音楽的成分は安堵感や調和の世界を感じさせるものと分析でき,展開部の転調が情動に与える音楽的効果は爽快感や期待感と分析できた.脳血流においてはその反応は自律神経系の変動を観た後に起こり,終結部の主題のところで脳血流の活発な活動が観られた.それは安静期に入っても活発に活動した.これは脳活動がいろいろな情報を認識し整理しながら活動するためと考えられた.[考察]音楽を聴取したときの生理的反応と楽曲を構成する要素の有する意味との相関を検討出来た.今回の測定により,楽曲の諸要素の生理的変化に与える影響は,その個人差が強かったことから被験者の楽曲に対する嗜好度や音楽の経験度が大きく影響することが窺えた.特に音楽の嗜好度の高い被験者の場合は,楽曲の構成要素と生理的な反応との間に緻密な相関が見られたが,そうでない場合は反応が曖昧であり,一定の傾向を認めることはできなかった.しかし,嗜好度の高い聴取者では,自律神経系の反応は明確であり脳梗塞血流も増加した.これは,音楽をrelaxation with alertnessを目的とした治療法として考えるとき,合目的的であると考えられた.
著者
永田 勝太郎
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.1-7, 2019-03-25 (Released:2019-05-09)
参考文献数
9

「心身医学は,全人的医療に展開しなくてならない」は,米国のシカゴ大学教授で,心身医学の先人フランツ・アレキサンダーや我が国の池見酉次郎(九州大学教授)に共通の展望である.全人的医療や患者中心医療は,耳あたりのよいことばであるがゆえ,多くの大学や病院がミッションとして掲げているが,実践している医療施設は少ない.我が国には,橋田邦彦が戦前から全機的医療を唱えたように,多くの蓄積がある.一方,総合診療医の育成が叫ばれている.総合診療医は,まず全人的医療が実践できなくてはならない.以下の要件が必須になる.教育・研究・実践のための大学院大学の設置が望まれる.1. パソジェネシス,サルトジェネシスの相互主体的鼎立2. 患者の生活者としての理解(intrapersonal communication)3. 誕生から死までの連続性の中での患者理解4. 機能的病態(機能性身体症候群:FSS)の積極的診断・治療5. 器質的病態の早期診断,専門医療への紹介,副作用低減のための補法の適応6. 致死的病態へのケア7. チーム医療のリーダーシップ8. 医師―患者関係の構築(interpersonal communication)9. 患者の行動変容のための患者教育10. 臨床研究11. 自己研鑽:健康哲学・医療哲学・死生学・医療倫理学
著者
ハラルド モリイ
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.46-66, 2014-12-25 (Released:2019-04-09)

痛みは生命にとって必要かつ重要なサインであり,人間の命を守るために欠かせないものである.私たちの体のシステムが正しく機能していれば,通常,日常生活で痛みを感じることはない.痛みのもつ「意味」はその機能の中に見られる.すなわち,体に,その人に,体のシステムのうちの何かがうまく機能していないことを知らせることである.また,強迫性障害や抑うつといった精神障害によって引き起こされる痛みは,治療を受け,生き方を変えることの必要性を示している.痛みの知覚は,免疫学的レベル,そして患者がさらされているストレスのレベルによる.ヴィクトール・E・フランクルの研究によって,また,現代精神神経免疫学の観点から,私たちは,痛みの知覚は運命に対する内的態度を変え,催眠術,瞑想,芸術療法のみならず音楽療法を(もちろん,医学的,薬学的治療に加えて,必要であれば)用いることにより,心理的な側面からコントロールすることができるという確信を深めている.ロゴセラピーは,痛みに苦しむ患者たちが痛みの強さと量をコントロールする方法を学ぶことを手助けするために介入するときの武器である.音楽療法は精神の抵抗力(VEフランクル)を引き出し,患者の内的潜在能力を活性化させ,その人の健康状態に影響を与えるための,とても有用な増幅器となりうると考える.
著者
天川 淑宏
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.50-55, 2021-03-25 (Released:2021-04-02)
参考文献数
6

ヒトは,多様なストレスに対する抵抗力を備えもち健康な状態を維持している.しかし,加齢などにより身体的,精神心理的,社会的な側面からストレスに対する予備能力が虚弱な状態へと陥ってしまうことをフレイル(Frailty)という.また,Frailtyには,早期に適切な栄養や運動の介入によって健康に戻る可逆性のあるreversibilityの意味も含まれている.その中で身体的フレイルに関しては,サルコペニアとの関連が高いとされ,加齢のほかに低栄養,活動量の低下,さまざまな疾患などが原因である.私が臨床で携わる糖尿病患者は,内科的問題のみならず運動器疾患(ロコモティブシンドローム)を合併していることが多く,エネルギー消費を目的とするための運動だけでなく「痛み」という不定愁訴が糖尿病患者に多くあることを知り「動けないカラダと動きたくないココロ」を「動きたくなるカラダと動けるココロ」へと導くことが,糖尿病やフレイルからの脱却に対する運動療法の役割であるといえる.その運動療法は,骨格筋が内分泌器官であるという捉え方が根拠にある.その具体的な実践への取り組みを含め紹介する.
著者
永田 勝太郎 志和 悟子 大槻 千佳 喜山 克彦
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.21-30, 2021-03-25 (Released:2021-04-02)
参考文献数
30

かつて,糖尿病の診断は医師の官能で行われた.糖負荷試験の開発以降は,「糖尿病」「境界型糖尿病」「正常血糖値」の区別がつくようになってきた.近年,Flash Glucose Monitoring(FGM)が開発され,患者固有の血糖値のdaily profileがさらに簡単にわかるようになってきた.そこで,低血糖・血糖値スパイクが問題になってきている.線維筋痛症や慢性疲労症候群の背景にこれらの糖代謝異常が潜在していることがわかってきた.低血糖は80mg/dl未満を指し,血糖値スパイクは食後最大血糖値と最低血糖値の差が60mg/dl以上を指す.FGM時代を背景に低血糖を分類すると,以下のようになる.1.糖尿病性低血糖―緊急性低血糖発作 2.非糖尿病性低血糖(自発性低血糖症)(1)機能性低血糖―無反応性低血糖・反応性低血糖(血糖値スパイク)・新生児低血糖 (2)器質的低血糖―インスリノーマ,インスリン自己免疫症候群・ダンピング症候群など胃切除術後 (3)薬剤性低血糖 (4)偽低血糖・虚偽性低血糖
著者
和気 裕之 澁谷 智明
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.32-41, 2016-12-25 (Released:2019-04-19)
参考文献数
10

顎関節症は基本的には身体疾患であるが,その病態は生物心理社会的モデル(bio-psychosocial model)に該当し,各患者において程度の差はあるが,心理社会的問題の影響をうける心身症と捉えることが可能である.そのため,顎関節症の患者を診断する場合,AxisⅠ(Ⅰ軸:身体的評価)とAxisⅡ(Ⅱ軸:心理社会的評価)の2軸で評価する必要がある.特に周辺群のようにⅡ軸の要因が大きい顎関節症患者を診療する時には,「心身医学的な対応」に重点を置くことが大切である.それには心身医学的な医療面接と適宜心理テストを行い,またMW分類を用いて患者を判別することで,適切な対応が可能となる.その時一部の患者はリエゾン診療をはじめとする精神科医等との医療連携が必要となる.
著者
橋本 裕子
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.51-57, 2016-12-25 (Released:2019-04-19)
参考文献数
17

痛みに捉われずに生活することは可能だろうか.他人には理解されず,死ぬしかないと思うほど苦しんでいるのに,捉われない方法などあるのだろうか.こじれた痛みには原因がそれなりにある.しかし患者の訴えは医療者にも周囲の人にも理解しがたいと受け止められがちだ.理解されるために「過剰な説明」に追われ,空廻りしながら説明に疲れ果てる患者.一方で静かな患者がいる.社会生活の中で「常態化」「pacing」,「持ちこたえ」,「身体の作り変え」を行って,痛みとの折り合いを付け,更には「知覚・認識の作り変え」まで行われているのではないかと筆者は考える.黙々と耐える患者はどのように痛みと折り合っているのだろうか.どの患者も痛みのバックグラウンドを理解され,快方に向かう希望を持てる,そんな試みが始まっていることは患者にとって心強い.こじれた痛みと悩みを患者の相談事例の中から紹介し,痛みに捉われない方法を発見するにはどうしたらよいのか,一緒に考えていただければと思う.
著者
ハラルド モリイ
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.55-72, 2017

<p>2007年,医療応用に向けてiPS細胞の未来への扉が開かれた.その扉を開けたのは,その後(2012年),ノーベル生理学・医学賞を受賞する山中伸弥教授である.医療が急速に発展する中で,今,医療看護など人を助ける仕事に携わる専門家に求められていることがある.それは,今日行われている研究の成果を全人的医療に取り入れるために,多面的な方法を作り出すことである.日常的に患者から出される要求に全人的に対処しようとすると,有望な医療技術が数多く開発されているにも拘わらず,多くの問題に直面する.それは健康や幸福,また意味ある人生を脅かすものである.</p><p>今日,医療は「自己破壊的な生活習慣」(永田,1999)が原因で起こる疾病の急増に直面している.「iPS細胞は患者や疾患を特定して使われるので,個々の表現型を効率よく特徴づけるための理想的な道具であるのは明らかである.同時に,iPS細胞によって,環境と生活習慣の影響という絡み合った糸が解きほぐされていく」(JAMA,2015年4月).こうした疾病はその人の生き方に関係がある.アルコールや薬物の乱用,喫煙習慣によって生活の質(QOL)は大きく低下し,寿命が縮まる.運動習慣がない,不健康な食生活をしている,あるいはゲーム依存などの不健康な行動習慣があると,人生で本当に重要なことがわからなくなってしまう.すると,創造性に満ちた現実の人生や自然ではなく,ますます仮想現実の中で生きるようになる.</p><p>iPS細胞技術の研究が進んできた結果,今後数十年のうちに,様々な疾患がこの新しい発明によって治療できるようになるとも言われている.ガン,冠状動脈性心疾患,糖尿病,高血圧,脳卒中などの病気はこれからも患者に襲いかかるであろうが,iPS細胞技術は便利な修理工場やサービスセンターのように受け止められることだろう.しかし,これはコインの一面でしかない.コインのもう一方の面には,精神病や慢性病,そして影響力が大きく根源的な苦難が広がっている.患者は人生に失望し,欲求不満を抱え,自暴自棄になり,怒っている.彼らにとって,人生の意味を探すことはますます無駄なことになり,その苦しみから自殺を考えることもあるかもしれない.先進国の医療の進歩や文明の発達は驚嘆すべきだが,医療看護の専門家たちは,これまで以上に人間の魂や心,精神生活の大切さを重視していかなければならないだろう.</p><p>ロゴセラピーの創始者であるビクトール・フランクルは,人間の魂や精神を「実存」と呼び,人間に特有のものであると述べた.患者に生活習慣を見直し改善するように望むのであれば,我々専門家は彼らに動機付けをする,つまり達成目標を示さなければならないであろう.さらに,患者が日々意味のある人生を送れるように,指導することも必要である.体質や遺伝的要素,その人の性格といったものに比べ,人間の行動は健康的な生活を最も制限するものである.行動は生活習慣に影響を与える.そして「生活習慣の核をなすのは,意味である」(永田).ビクトール・フランクルは,人生の価値を実現する人間の力を非常に重んじていた.フランクルは,「可能性を現実のものにする」ことが,人生の目的や意味を見出すのに最も影響することを発見した.意味ある人生を送っていると,気分や生活の質が良くなるだけではない.意味ある人生を送ることで,免疫系や体の深層レベルまでもが影響を受け,安定するのだ.</p><p>iPS細胞技術は,精確な医療でもある.医療の新時代において,疾患に対して個別にアプローチし,治癒することを目標としている.「データを基にした新しい疾患分類と,対象となる疾患を特定した治療法と,この二つによって,医療が効率的で現代的なものに生まれ変わることを望む」(JAMA,2015年4月).</p><p>癒しは,身体的医療という側面もあるが,常に意味を伴うものである.つまり意味による癒しである.現代の研究者が個別医療の重要性について言うとき,我々も患者一人ひとりの自律性に目を向けるよう求められている.自律性を育むには,自分という存在の独自性を強く意識し,その意識が成熟する必要がある.</p><p>ドイツの有名な神経生物学者であるゲラルド・ヒューターは,研究の結果,人間の脳が本来求めているものを明らかにした.―実は,これも精神や実存面に影響を及ぼすものであるが―それは,人生に熱狂することと関心を持つことである.ビクトール・フランクルは,人生は価値に満ちている,という結論に至った.価値は,人生で経験することに関心を持ち,心奪われるような体験をした時にも,何かを創造したり革新しようとする時にも満たされる.人生の価値を満たすことは,「治癒をもたらす要因」だと言える.</p><p>これからは,身体的な治癒だけで終わらせてはならない.iPS細胞のような医療技術を活用するだけでは,治癒したことにならないだろう.治癒には,精神的な健康や人生の満足度,意味の探求も含まれなければならない.患者の人生の目標を大切にすることと日々の行動とが互いに影響しあうと,患者は自分の生活習慣を改善しようと努力するのか,あるいは自分のことにも将来のことにも無関心になるのか,態度を決める.</p><p>ロゴセラピーは,iPS細胞技術が人間らしく使われ,この技術が発展していくために必ず大きな力となる.人間は修理すればいいだけの機械ではない.人間は,一人ひとり生き生きとした存在である.魂に導かれ,人生で本当に大切なことへの気づきに導かれながら,生きているのである.</p>
著者
青山 幸生 牧 裕一 山本 達夫 広門 靖正 永田 勝太郎
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.22-28, 2020-01-25 (Released:2020-07-02)
参考文献数
13

全人的医療では,身体・心理・社会・実存レベルにおいて患者を理解することが必要であり,具体的方法論として,パソジェネシスand/orサルトジェネシス的アプローチを的確に,しかもタイムリーに実践できることが求められる.さて,全人的医療の主柱のひとつである,「患者固有の資源を見出し,それを活性化していく」ことは,まさにサルトジェネシス(健康創成論)の考え方であり,「資源」は具体的な「患者力」そのものであると考えられる.さらに患者がコヒアレンス感(sense of coherence; SOC,人生への対処姿勢,人生には意味があると思える感覚)をどの程度有しているかにより,資源をうまく活用し患者力をさらに高めていけるかの決め手となる.患者力を意識しながら,治療者,患者が相互主体的関係の中でともに資源(患者力)に気づいてそれらを活性化していくところに従来のパソジェネシス(病因追究論)単独でのアプローチとの大きな違いがある.今回,45歳女性で,抗うつ薬離脱時,その副作用により約10年間にわたり心身ともに苦しめられ,その間もともとあった多くの資源をベースに,家族や友人などの暖かい傾聴,受容,支えにより自身の患者力をさらに伸ばすことができた結果,ゆっくりではあるが夢に向かっての一歩を踏み出せた症例を経験したので合わせて報告したい.
著者
アレキサンダー バシャニー
出版者
公益財団法人 国際全人医療研究所
雑誌
全人的医療 (ISSN:13417150)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.61-88, 2015-12-25 (Released:2019-04-19)

1930年代の同時期に,洋の東西で二人のすぐれた精神科医が活躍していた.二人は相互に関わりがあったわけではない.オーストリアのヴィクトール・フランクルと日本の森田正馬である.この2人の精神科医は,人間に即した心理学というものは,人間が「いい気分」になるには何をすべきか,という問いかけだけに終始していてはいけないと認識していた.ヴィクトール・フランクルのロゴセラピー(実存分析学)も,森田正馬の森田療法も,人間の精神的な安寧と発展は,自分自身と自分の幸福だけを考えるのではなく,世界に対して,他の人間および生物に対して心を開いたときに初めて実現すると述べている.つまり,人間が頑なに己の幸福のみを利己的に追求することをやめ,そのかわりに世界の意味の可能性に対して心を開いたときであると考えていた.逆説的だが,そうした場合,人間はよいことを行っているというだけでなく,最善のものを自らの内部で開花させることによって,自分自身も健やかな気持ちになれることが明らかになっている.今回の講演では,ヴィクトール・フランクルのロゴセラピーを実践的な視点に立って紹介したい.具体的な事例と経験に基づくデータから,精神の安寧と価値の発見のあいだには密接な関係があることを示していきたい.