- 著者
-
堤 浩之
ラモス ノエリナ
ペレス ジェフリー
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2009年度日本地理学会秋季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.28, 2009 (Released:2009-12-11)
1.はじめに
フィリピン海プレートの西縁には,北から南海トラフ・琉球海溝・マニラ海溝・フィリピン海溝などの沈み込み帯が連続する.このうち,マニラ海溝およびフィリピン海溝では,過去400年間にM8クラスの海溝型巨大地震は発生していない(Bautista and Oike, 2000).また,完新世海成段丘の調査もほとんど行われておらず,これらの沈み込み帯の巨大地震発生ポテンシャルは不明である.しかし,例えばマニラ海溝で巨大地震および津波が発生すれば,マニラ大都市圏をはじめとするフィリピン沿岸部はもとより,南シナ海周辺諸国にも大きな被害がおよぶ可能性が高い.我々は,マニラ海溝に面するルソン島西端のボリナオ(Bolinao)地域,およびフィリピン海溝に面するミンダナオ島東端のマナイ(Manay)地域の海岸地形調査を行い,有史以前の海溝型巨大地震に伴って隆起したと考えられる数段のサンゴ礁段丘を確認したので報告する.
2.ボリナオ地域のサンゴ礁段丘
マニラ海溝はルソン弧の西側に位置し,そこでユーラシアプレートが東へ沈み込んでいる.ルソン島北西部のパンガシナン州ボリナオ市周辺は,マニラ海溝に最も近接した地域であり,隆起サンゴ礁からなる海成段丘が高度160m以下に発達している(Maemoku and Paladio, 1992).ボリナオ沖でのプレートの収束速度は6~7cm/yr程度と見積もられている(Rangin et al., 1999).海岸部には,高度10m以下に,少なくとも3段の隆起ベンチが確認される.海側へ緩く傾斜するそれぞれの隆起ベンチは,比高数mの急な段丘崖で隔てられ,段丘崖の基部にはノッチが観察される.このような地形的特徴は,間歇的地震隆起に起因する世界各地の海岸段丘地形に類似しており,マニラ海溝でも数mの海岸隆起をもたらすような巨大地震が,過去に繰り返し発生してきたことを示唆する.これらの隆起波食地形の旧汀線高度を求めるために,レーザー測距器を用いた地形断面測量を約20地点で行った.高度の基準は海面とし,測量後に潮位補正を行った.最低位の段丘(I面)の旧汀線高度は,海溝軸に最も近いレナ岬(Rena Point)で4.5m程度であり,そこから東へ海溝軸から離れるにつれて低くなり,約15km東方では2m以下となる.II面やIII面の旧汀線高度分布も同様な傾向を示す.これらの段丘の離水年代を求めるために,現地性のサンゴの化石を採取した.試料から不純物を除去し,X線回折分析により試料がカルサイト化していないことを確認した上で,14C年代測定を順次行っている.これまでに,II面の旧汀線付近のマイクロアトール外縁部から2000±20yBPの年代値が得られている.
3.マナイ地域のサンゴ礁段丘
フィリピン海溝はルソン弧の東側に位置し,そこでフィリピン海プレートがフィリピン諸島の下に東から沈み込んでいる.ミンダナオ島南東部のダバオオリエンタル州マナイ市周辺は,フィリピン海溝に最も近接しており,隆起サンゴ礁からなる海成段丘が高度200m以下に発達している.マナイ沖でのプレートの収束速度は4cm/yr程度と見積もられている(Rangin et al., 1999).本地域の海岸沿いでも,高度15m以下に4段のサンゴ礁段丘を確認した.これらの段丘は,比高2~4_m_の明瞭な段丘崖で隔てられている.本地域では,現時点で3地点の測量データしかないが,各面の旧汀線高度は,I面:2~3m,II面:5~6.5m,III面:7~10m,IV面:9m以上となる.これらのデータは,海岸部を2~4m程度隆起させるような地震が,フィリピン海溝沿いに繰り返し発生してきたことを示唆する.このうちII面とIII面から採取されたサンゴ化石から,それぞれ4155±25yBPと6525±25yBPの年代値が得られた.これらの年代から,マナイ地域の海岸部を縁取るサンゴ礁段丘は完新世に形成された可能性が高いと考えられる.
現在,追加の年代測定を行っており,今後これらのデータも含めてマニラ海溝・フィリピン海溝の巨大地震の時期や周期について検討する予定である.また調査範囲を拡大して,海岸の隆起パターンを明らかにし,隆起をもたらした地震の震源断層モデルの構築を行う予定である.