著者
二村 太郎 荒又 美陽 成瀬 厚 杉山 和明
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.225-249, 2012-12-31 (Released:2013-01-31)
参考文献数
67
被引用文献数
3 1

生理学・生物地理学の研究者であるジャレド・ダイアモンドが1997年に上梓したノンフィクション『銃・病原菌・鉄』は,一般書として英語圏で幅広い読者を獲得し,2000年に刊行された日本語版も売れ行きを大きく伸ばしていった.地理的条件の違いがヨーロッパ(ユーラシア)の社会経済的発展を優位にしたと主張する本書については,そのわかりやすさとダイナミックな内容ゆえに多くの書評が発表された.しかしながら,本書は英語圏では地理学者をはじめ学術界から数々の強い批判を受けてきたのに対し,日本では多方面から称賛されており,また地理学者による発信は皆無に近い.本稿は主に書評の検討を通して英語圏と日本における本書の受容過程を精査し,その差異と背景について明らかにする.また,これらの検討を通じて本稿では,諸外国からの地理学的研究成果の積極的な導入が必要であるとともに,より批判的な視点が求められることを論じていく.
著者
三上 岳彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.1, no.2, pp.79-88, 2006 (Released:2010-06-02)
参考文献数
24
被引用文献数
9 7

日本の都市ヒートアイランド研究が大きく進展している.東京都心部の年平均気温は過去100年間に3°Cも上昇しており,地球平均気温の5倍の上昇率である.都市高温化の要因としては,第一に人工廃熱の増加による都市大気の直接加熱,第二に都市構造の変化,すなわち地表面の人工化や高層建造物の増加,緑地・水面の減少が挙げられる.最近行われた一連のプロジェクト研究から,都市内大規模緑地のクールアイランド効果や東京湾海風に及ぼす高層ビル群の影響,さらに高密度観測網による都内気温分布の日変化と海風による移流効果などが解明されつつある.今後のヒートアイランド問題の解明には,気候学をはじめ,気象学,建築・土木工学,医学,生態学など多くの分野における学際的な研究が不可欠である.
著者
鈴木 晃志郎 于 燕楠
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2019, 2019

<b>研究目的</b><br><br> 本発表は,地理学が得意とする空間的可視化の手法を用いて,富山県内の心霊スポットの分布が現代と100年前とでどう異なるかを空間解析し,その違いをもたらす要因について考察することを目的とする.本発表はエミックに扱われがちな事象をエティックに捉える試みであり,民俗学を中心に行われてきた妖怪変化の分類学を志向するものでもなければ,超常現象そのものの有無を論ずるオカルティズム的な関心も有しない.<br> 超常現象が何であるにせよ,それらが超常現象となり得るには,人目に触れ認知されなければならない.ゆえに超常現象は高度に文化的であり,その舞台として共有される心霊スポットは,組織化され商業化された一般的な娯楽からは逸脱した非日常体験を提供する「疎外された娯楽(Alienated leisure)」(McCannell 1976: 57)の1つとして社会の文化的機能のなかに組み込まれているとみなしうる.その機能に対して社会が与える価値づけや役割期待の反映として心霊スポットの布置を捉え,その時代変化を通じて霊的なものに対する社会の側の変容を観察することは,文化地理学的にも意義があると考えられる.<br><br><b>研究方法・分析対象</b><br><br> 2015年,桂書房から復刻された『越中怪談紀行』は,高岡新報社が1914(大正3)年に連載した「越中怪談」に,関係記事を加えたものである.県内の主要な怪談が新聞社によって連載記事として集められている上,復刻の際に桂書房の編集部によって当時の絵地図や旧版地形図を用いた位置情報の調査が加えられている.情報伝達手段の限られていた当時,恐らく最も網羅的な心霊スポットの情報源として,代表性があるものと判断した.この中から,位置情報の特定が困難なものを除いた49地点をジオリファレンスしてGISに取り込み,100年前グループとした.比較対象として,2018年12月にインターネット上で富山県の心霊スポットに関する記述を可能な限り収集し,個人的記述に過ぎないもの(社会で共有されているとは判断できないもの)を除いた57の心霊スポットを現代グループとした.次にGIS上でデュアル・カーネル密度推定(検索半径10km,出力セルサイズ300m)による解析を行い,二者の相対的な分布傾向の差異を可視化した.このほか,民俗学的な知見に基づきながら,それらの地点に出現する霊的事象(幽霊,妖怪など)をタイプ分けし,霊的事象と観察者の側とのコミュニケーションについても,相互作用の有無を分類した.<br><br><b>結 果</b><br><br> 心霊スポットの密度分布の差分を検討したところ,最も顕著な違いとして現れたのは,市街地からの心霊スポットの撤退であった.同様に,大正時代は多様であった霊的事象も,ほぼ幽霊(人間と同じ外形のもの)に画一化され,それら霊的事象との相互作用も減少していることが分かった.霊的なものの果たしていた機能が他に代替され,都市的生活の中から捨象されていった結果と考えられる.<br><br><b>文 献</b>:<br>MacCannell, D. 1976. <i>The Tourist: A new theory of the leisure class</i>. New York: Schocken Books.
著者
藤森 孝俊
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.64, no.10, pp.665-696, 1991-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
51
被引用文献数
9 16

糸静線中央部に位置する諏訪盆地の活断層は,変位様式と活動度,分布に基づいてA~Cの3タイプに分類できる.タイプAの断層は盆地の南東端および北西端にみられるもので,大きな左横ずれ成分 (8~10m/kyr) をもつ.タイプBは盆地底と周辺山地の境界部に位置し,盆地側を低下させるもので,約1~3m/kyrの上下変位速度をもつ.タイプCは周辺山地内に位置し盆地側を低下させるもので,いくつかは並行し盆地側への階段断層となっている.平均変位速度は最大でも0.5m/kyr程度である.これらの活断層の分布・分類は,プルアパートベイズンとしての諏訪盆地の形成過程を示すモデルで説明される.諏訪盆地を開口させる主断層にあたるものがタイプA,開口した地殻の盆地側の面(開口壁)にあたるものがタイプB,開口壁の背後の地殻に発達した重力性の正断層がタイプCの断層である.また,古水系や諏訪盆地の形態から,水平圧縮応力により屈曲した主断層(糸静線)が左横ずれし,屈曲部の地殻が徐々に開口していくモデルが諏訪盆地の形成をよく説明できる.諏訪盆地の長辺方向への弘大速度は約8~10m/kyrであり,形成開始期は約120~150万年前と推定される.
著者
竹本 弘幸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.71, no.11, pp.783-804, 1998-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
39
被引用文献数
2

片品川流域に発達する河岸段丘についてテフラ層序に基づき調査し,堆積物の分析を通じて火山活動の影響を明らかにした.片品川流域に発達する河岸段丘は,更新世中期の砥山面(To), 15~10万年前の沼田面(Nu),11~10万年前の追貝原面(Ok),6万年前の伊閑面(Ik),5万年前の平出面(Hi),3~1.5万年前の貝野瀬1~皿面(Ka-1~皿);1.3~1万年前の低位面(L)に分類される.砥山面(To),追貝原面(Ok)は,更新世中期に赤城山の火山活動によって多量の砂礫が供給された結果,形成された堆積段丘面群である沼田画(Nu)は,赤城山の活動によって形成された堆積段丘面で,約20万年前から最終間氷期を経て約10万年前まで存続した水域(古沼田湖)に形成されたと考えられる.古沼田湖の堆積物である沼田湖成層の層厚は最大約60mに及び,上流側では沼田礫層に層相変化する.沼田礫層は礫径が大きく,礫種構成において赤城山起源の礫が卓越する.これに対して,伊閑礫層以降には赤城山起源の礫の混入率が徐々に減少し,貝野瀬I礫層以降には30%以下となる.この傾向は赤城山の火山活動と調和的である.伊閑面は,最大層厚35mの砂礫からなる堆積段丘面である.本面の形成には,断ある程度火山活動の影響も認められるが,中部日本などに広く認められる気候性の堆積段丘面と同様の成因が想定される.粒径や礫種構成から判断して,現河床への赤城山の影響はほとんど認められない.
著者
埴淵 知哉 川口 慎介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.137-155, 2020 (Released:2020-04-04)
参考文献数
14
被引用文献数
5 3

近年,学術研究団体(学会)における会員数の減少が懸念されている.本稿では,日本学術会議が指定する協力学術研究団体を対象として,日本の学会組織の現状および変化を定量的に俯瞰することを試みた.集計の結果,学会のおよそ3分の2は会員数1,000人未満であり,人文社会系を中心に小規模な学会が多数を占める現状が示された.過去10年余りの間に個人会員数が減少した学会は3分の2にのぼるものの,それは理工系,中小規模,歴史の長い学会で顕著であり,医学系や大規模学会ではむしろ会員数を増加させていた.また,学会の新設に対して,解散は少数にとどまっていた.結果として,既存学会の維持および会員数の選択的な増減,そして新設学会の増加が交錯している状況が示された.そして,地理学関連学会は学術界全体の平均以上に会員減少が進んでおり,連合体や地方学会を含めてそのあり方を検討する必要性が指摘された.
著者
鈴木 晃志郎 于 燕楠
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.55-73, 2020 (Released:2020-02-22)
参考文献数
134
被引用文献数
3

今日の地理学において,幽霊や妖怪を含む怪異は,専ら民俗学的な手法に依拠して検討されている.しかし隣接分野では,定量的な手法に基づいた知見が数多く存在し,客観性と厳密性を確保することによって学術的信頼性を高める試みが多くなされている.そこで本研究は富山県を対象とし,今からおよそ100年前(大正時代)の地元紙に連載された怪異譚と,ウェブ上に書き込まれた現代の怪異に関するうわさを内容分析し,(1) 怪異を類型化して出現頻度の有意差検定を行うとともに,(2) カーネル推定(検索半径8 km,出力セルサイズ300 m)とラスタ演算による差分の算出により,怪異の出没地点の時代変化を解析した.その結果,現代の怪異は大正時代に比して種類が画一化され,可視性が失われ,生活圏から離れた山間部に退いていることが示された.
著者
一ノ瀬 俊明
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.27, 2020 (Released:2020-03-30)

前報(2012年春季大会)では、日中屋外で色彩以外が同一規格の衣料(U社製、同一素材・デザインのポロシャツ、色違いの9色)を用い、表面温度の経時変化を観測した結果を報告した。色彩による温度差は明瞭であり、白、黄がとりわけ低く、灰、赤がほぼ同じレベルで、紫、青がさらに高めで拮抗し、緑、濃緑、黒が最も高温のグループを形成した(e.g. Lin and Ichinose, 2014: IC2UHI3)。また、一般に日射が強まるとこの差は顕著となった。可視光の反射率(明度)が表面温度を決める支配的要因の一つであると考えられるが、太陽放射の少なからぬ部分を占める近赤外領域(0.75-1.4 µm)の効果に対する検討が不十分であったため、追加の観測を行うと同時に、被服表面における反射スペクトル(0.35-1.05 µm)の分析を行った。2011年夏以降複数の観測事例を蓄積してきているが、たとえば濃緑(高温)と赤(低温)との間には5〜10℃の温度差(夏季日中の日照条件下)が生じる。可視領域のみならず近赤外領域までを含めた色彩別の反射率は、濃緑87%、黒86%、青84%、緑84%、紫82%、赤78%、灰75%、黄70%、白63%となっており、従前可視領域の反射率だけを比較した時よりも、表面温度の大小との対応関係が明瞭となった。反射率25%の違いは約15℃の温度差をもたらしている。ほぼ無風の条件下では黒や緑で50℃を超える事例(2013年9月など)も観測されており、夏季の暑熱リスク軽減の視点から、被服の色彩選択も重要な気候変動適応策の一つといえる。
著者
根元 裕樹 泉 岳樹 中山 大地 松山 洋
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.86, no.4, pp.315-337, 2013-07-01 (Released:2017-12-05)
参考文献数
38
被引用文献数
1

1582(天正10)年,岡山県の備中高松で備中高松城水攻めが行われた.近年の研究では,備中高松城の西側の自然堤防を利用した上で基底幅21 m,上幅10 m,高さ7 mの水攻め堤が3 kmにわたって築かれたとされているが,わずか12日間でこの巨大な堤防が本当に築けたのか,その信憑性が疑われている.そこで本研究では,流出解析と氾濫解析を組み合わせた水攻めモデルを開発し,水攻め堤の有無と高さによる複数のシナリオで備中高松城水攻めを再現して,水攻めの条件について考察した.その結果,水攻めには上述したような巨大な堤防は必要なく,足守川からの水の流入,備中高松城西側の自然堤防,それに接続する南側の蛙ヶ鼻周辺の水攻め堤があれば十分であることが示された.また,この結果と史料を考慮すると,蛙ヶ鼻周辺の水攻め堤は,その高さが約3.0 mであったと考えるのが合理的であるという結論に至った.
著者
阿部 一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.64, no.4, pp.265-279, 1991-04-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
18

Changes in architecture reflect interactions among social groups, each of which seems to have a certain “meaning matrix” that is the implicit knowledge required for understanding the meaning of things. Disagreements over meaning matrices occasionally bring about laws regulating the style of architecture. In this paper, the author examines the relation between law and the architecture of Japanese “lovers' inns, ” which are inns with eye-catching facades and screened entrances, catering to couples for short-time or overnight stays, from the viewpoint of the interaction of two social groups; the owners of these inns and local residents. 1) The historical changes in lovers' inns architecture are as follows: 1950s: Inns displaying hot spring symbols were located in city centers. 1960s-early 1970s: Western-style architecture appeared, and “gorgeous” motels imitating Western castles or cruisers proliferated along suburban highways. Late 1970s-1980s: The appearance of love-hotels (lovers' inns located on urban streets) has become “subdued.” 2) The owners and planners of lovers' inns have had a tendency to use striking decor in order to attract people's attention. 3) Local residents have a desire to conceal things concerning sex, which results in demands for a “subdued” appearance and the exclusion of lovers' inns from residential areas. 4) Reflecting the viewpoint of local residents, regulations covering the appearance, the inside structure, and the location of lovers' inns have been established. 5) The relation between law, architecture, and meaning matrices is shown in Fig. 4. Owners and planners build the inns. Local residents perceive the inns' appearance through their own meaning matrix. When the architecture is not acceptable to the local residents, laws are established, which are implicitly recognized by them. The owners understand the laws and change the style of architecture.
著者
福井 一喜
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.397-418, 2020 (Released:2020-12-25)
参考文献数
43
被引用文献数
3

近年,日本の観光政策は観光振興による雇用拡大や経済成長を目指してきた.しかし各県の2012年から2016年の観光経済振興を分析すると,観光客数や消費額はほぼ全国で増加したが,観光産業の雇用拡大や付加価値額の増加は大都市圏とりわけ首都圏に集中し,地方圏では観光の基幹産業化や既存の地域経済格差を覆すような経済振興が生じた県はほぼ見られない.それは観光のサービスとしての宿命である貯蔵の不可能性と機械化による生産性向上力の小ささが地方圏に条件不利性として作用し,他方で大都市圏では立地優位性によって観光産業集積が累積的に増大し,知識集約的な都市的サービス業との連携による経営の合理化の機会も拡充されるからである.観光振興を促進する観光政策はすべての地域で有効とは限らず,大都市圏と地方圏との地域格差を再生産する構造を持つ.COVID-19を契機に,日本の観光政策は経済振興への偏重から転換し,観光の「豊かさ」の意味を再考すべきである.
著者
碓井 照子 小長谷 一之
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.68, no.9, pp.621-633, 1995-09-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
6
被引用文献数
2 6

Many studies are being conducted on the 1995 Hanshin-Awaji Earthquake from the earth science and architectural technological aspects, but urban structure is an important intervening factor link-ing causes and damages of an urban earthquake. This note will give a few insights from this point of view. The distribution of debris of collapsed structure clustered around (1) Suma-Nagata district, (2) Sanno-miya-Yamate district and (3) Nada-Higashinada district was analyzed; (1) and (3) are inner-city areas with many wooden houses, located 3 to 10 km from the central business district. Some network analyses are further performed usig GIS in the district of cluster (3). The number of arcs within a given road distance shows a characteristic decay caused by the earthquake, but its pat-tern varies by the distance band given. The fractal dimension of road network effectively summa-rizes this information. Calculation of the fractal dimension extracts many points either restricted by transportation facilities or river lines, or enclosed by debris as “dead ends”.
著者
岩佐 佳哉 熊原 康博
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.367-379, 2023 (Released:2023-09-21)
参考文献数
16

本研究では,広島県東広島市および呉市を対象とした現地調査と法務省が公開した登記所備付地図データを組み合わせることにより,呉市が1943年に敷設した上水道の遺構をマッピングし,その特徴を明らかにした.現地調査の結果,少なくとも192個の遺構が存在することが明らかになった.また,登記所備付地図データを用いることで,遺構に沿って幅3 m程度の細長い区画が長さ約10.7 kmにわたり今も存在することを確認できた.この細長い区画は上水道を敷設するために呉市が取得した土地である.旧呉市上水道の敷設の背景には旧日本海軍鎮守府の協力・支援があり,本研究で明らかにした遺構は,戦闘とは直接関係のない場所にも戦争の影響が及んでいたこと,その影響が現在も継続していることを示す戦争遺跡の一種とみなすことができる.そして,登記所備付地図データを活用することで,閲覧にかかる労力や費用が削減され,より精緻なマッピングが可能となった.
著者
小口 高
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.61, no.12, pp.872-893, 1988-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
31
被引用文献数
6 7

松本盆地周辺の8流域における,最終氷期末期以降(晩氷期~後氷期)の地形発達について,流域間の相違点に注目して検討した.最初に,晩氷期~後氷期の扇状地発達の違いから,流域を3つに分類した.次に,この時期の気候の温暖・湿潤化によって山地斜面上で形成された「開析斜面」の発達程度の違いから,流域を3つに分類した.2つの分類の間には対応関係があり,このことは開析斜面形成時の侵食によって供給された岩屑が扇状地を形成すると考えられることから合理的に説明される.、統計解析の結果,山地斜面の「起伏・傾斜」「地質」「標高」の各要因が開析斜面の発達速度を独立に規定したことがわかった.これらの要因の差に応じて,各流域における山地斜面の発達が異なり,そのために各流域の扇状地発達に差を生じたと判断される.
著者
二村 太郎 荒又 美陽 成瀬 厚 杉山 和明
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.225-249, 2012
被引用文献数
1

生理学・生物地理学の研究者であるジャレド・ダイアモンドが1997年に上梓したノンフィクション『銃・病原菌・鉄』は,一般書として英語圏で幅広い読者を獲得し,2000年に刊行された日本語版も売れ行きを大きく伸ばしていった.地理的条件の違いがヨーロッパ(ユーラシア)の社会経済的発展を優位にしたと主張する本書については,そのわかりやすさとダイナミックな内容ゆえに多くの書評が発表された.しかしながら,本書は英語圏では地理学者をはじめ学術界から数々の強い批判を受けてきたのに対し,日本では多方面から称賛されており,また地理学者による発信は皆無に近い.本稿は主に書評の検討を通して英語圏と日本における本書の受容過程を精査し,その差異と背景について明らかにする.また,これらの検討を通じて本稿では,諸外国からの地理学的研究成果の積極的な導入が必要であるとともに,より批判的な視点が求められることを論じていく.
著者
益田 理広
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.88, no.4, pp.363-385, 2015-07-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
88

地理学はしばしば「空間の学」と称される.これは斯学が空間なる概念を根本対象あるいは方法,すなわち理論上の基礎として遇していることを意味するが,その重用とは裏腹に,現今の地理学的空間は確乎たる意義を失し,ただその名のみが無数の概念を覆う事態に陥っている.本研究は,この空間概念の混乱という理論上の危機を打開すべく,事物の本質的な結果のみを重んじるプラグマティズムに範を取り,演繹法を用いた分析によって地理学的空間概念の一般的性格を見出した.その際には,空間に関する古典論から基本的な4類型を示し,中でも地理学理論に深く関係する3類型を分析した.結果,地理学においては空間を物質そのものとみなす傾向が甚だ強く,加えてそれらの大半が可視的な性質を伴っていることが理解された.さらに,この一般的性格が,空間論の興隆と同時期に衰微したラントシャフト概念と共通する特徴をもつ,一種の後継概念と目される点についても指摘した.
著者
鈴木 晃志郎 于 燕楠
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2019年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.35, 2019 (Released:2019-03-30)

研究目的 本発表は,地理学が得意とする空間的可視化の手法を用いて,富山県内の心霊スポットの分布が現代と100年前とでどう異なるかを空間解析し,その違いをもたらす要因について考察することを目的とする.本発表はエミックに扱われがちな事象をエティックに捉える試みであり,民俗学を中心に行われてきた妖怪変化の分類学を志向するものでもなければ,超常現象そのものの有無を論ずるオカルティズム的な関心も有しない. 超常現象が何であるにせよ,それらが超常現象となり得るには,人目に触れ認知されなければならない.ゆえに超常現象は高度に文化的であり,その舞台として共有される心霊スポットは,組織化され商業化された一般的な娯楽からは逸脱した非日常体験を提供する「疎外された娯楽(Alienated leisure)」(McCannell 1976: 57)の1つとして社会の文化的機能のなかに組み込まれているとみなしうる.その機能に対して社会が与える価値づけや役割期待の反映として心霊スポットの布置を捉え,その時代変化を通じて霊的なものに対する社会の側の変容を観察することは,文化地理学的にも意義があると考えられる.研究方法・分析対象 2015年,桂書房から復刻された『越中怪談紀行』は,高岡新報社が1914(大正3)年に連載した「越中怪談」に,関係記事を加えたものである.県内の主要な怪談が新聞社によって連載記事として集められている上,復刻の際に桂書房の編集部によって当時の絵地図や旧版地形図を用いた位置情報の調査が加えられている.情報伝達手段の限られていた当時,恐らく最も網羅的な心霊スポットの情報源として,代表性があるものと判断した.この中から,位置情報の特定が困難なものを除いた49地点をジオリファレンスしてGISに取り込み,100年前グループとした.比較対象として,2018年12月にインターネット上で富山県の心霊スポットに関する記述を可能な限り収集し,個人的記述に過ぎないもの(社会で共有されているとは判断できないもの)を除いた57の心霊スポットを現代グループとした.次にGIS上でデュアル・カーネル密度推定(検索半径10km,出力セルサイズ300m)による解析を行い,二者の相対的な分布傾向の差異を可視化した.このほか,民俗学的な知見に基づきながら,それらの地点に出現する霊的事象(幽霊,妖怪など)をタイプ分けし,霊的事象と観察者の側とのコミュニケーションについても,相互作用の有無を分類した.結 果 心霊スポットの密度分布の差分を検討したところ,最も顕著な違いとして現れたのは,市街地からの心霊スポットの撤退であった.同様に,大正時代は多様であった霊的事象も,ほぼ幽霊(人間と同じ外形のもの)に画一化され,それら霊的事象との相互作用も減少していることが分かった.霊的なものの果たしていた機能が他に代替され,都市的生活の中から捨象されていった結果と考えられる.文 献:MacCannell, D. 1976. The Tourist: A new theory of the leisure class. New York: Schocken Books.
著者
岩田 修二
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.153-164, 2013 (Released:2013-09-13)
参考文献数
18
被引用文献数
2 1

高等学校地理教科書の世界の大地形の記述に使われている用語や説明の一部は不適当である.造山帯・安定陸塊の概念は地質構造を説明するものである.したがって,世界の山岳地域の大地形の説明として新期造山帯・古期造山帯を用いるのは止める.それに替えて地形の説明は平面形・高さ・傾斜などの地形の指標でおこなう.プレート論と整合するように変動帯を正しく説明する.造山帯・安定陸塊(楯状地・卓状地)の概念は鉱物資源の説明のためには有効である.ただし,地質学の概念であることをきちんと説明すべきである.このように教科書を改訂するためには,まず大学教員が努力しなければならない.高校教科書の「世界の大地形」の改訂案が付属資料として添付してある.
著者
福田 珠己
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.69, no.9, pp.727-743, 1996-09-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
49
被引用文献数
1 11

本稿では,沖縄県竹富島において島を代表する存在である「赤瓦の町並み」が,どのように保存され今のような姿に至ったか,また,「赤瓦の町並み」が町並み保存運動の中で,伝統的建造物群保存地区という文化財としてどのように再生されていったか,伝統文化の創造という観点から考察する.町並み保存のプロセスを検討していくことによって,「伝統的」であると見なされている町並みが本来はいかなるものであるのか,さらに,「伝統的」であるとはいかなることなのかが,明らかになるのである. 本研究の視点は,文化と真正性,伝統文化の創造,観光と伝統をめぐる諸研究と共通するものであり,本研究で取り上げた文化財として位置づけられている伝統的町並みは,研究者・行政・住民の三者の思惑が絡み合ったところに生じたもので,近年注目されっっある「ふるさと」の文化,地域の伝統文化を考える上で,格好の素材でもある.
著者
山本 政一郎 尾方 隆幸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.68-83, 2018 (Released:2018-03-16)
参考文献数
44
被引用文献数
2

高等学校の地理教育,地学教育で共通する自然地理学,地球物理学,地質学に関連する項目の用語や説明について,2017年度に使用されている「地理A」「地理B」「科学と人間生活」「地学基礎」「地学」の全ての教科書で比較検討した.その結果,地理教育,地学教育それぞれの中でも,両者の間でも異なる用語が多いことが分かった.また,学術用語と教育用語とに齟齬がある場合もみられた.今後は,現在の科学界の知見を高校教育に反映させて,よりふさわしい用語や説明を検討・採用していく必要がある.