著者
マー マシュー
出版者
大阪府立大学大学院人間社会システム科学研究科
雑誌
空間・社会・地理思想 = Space, society and geographical thought (ISSN:13423282)
巻号頁・発行日
no.21, pp.3-14, 2018

近年の大阪市の釜ヶ崎(西成区のあいりん地区)は、再開発計画や地域の変化が生じており、おそらく日本の現代都市の中でもっとも突出したジェントリフィケーションの実例のひとつと思われる。当該地区を管轄する自治体は、日本の最大の貧困、ホームレスネス、福祉受給、結核が集中した地域を子供連れの家族や観光のための地域に変えることを目指す、西成特区構想という集中的な再開発プロジェクトを実施している。同時に、西成区はボトムアップのまちづくりにおいて、コミュニティの多様かつ反対の意見を取り入れることに熱心に取り組んできた。しかし、町内会、非営利団体、労働組合、政府機関、研究機関などの代表の声が中心となっており、日雇労働者、福祉受給者、公共空間での生活をしている者の声は、このプロセスではほとんどが聞き取られてこなかった。本稿では、これらの声に焦点をあて、釜ヶ崎住民の住まいの状況の(不)安定が西成特区構想に対する認識にどのような影響を及ぼしているのかを探るため、エスノグラフィーによるフィールドワークを取り上げる。西成特区構想が地域で公然と議論され始めた2014年の8月と9月に行われた、釜ヶ崎に住む18人の男性の質的なインタビューのデータを利用する。彼らの幅広い生活史やホームレス状態、福祉受給、雇用、日常生活などの経験の文脈を考察して、インタビューで語った西成特区構想や地域変化に対する見解を分析する。釜ヶ崎における再開発に対する住民の見解が住まいの状況によって異なると主張したい。ホームレス状態(シェルターや公共空間で寝泊まりすること)にある人々は、西成特区構想を現在と将来の生活の安心に対する脅威として経験していることが多い。主に福祉でサポーティブハウジングのような安定した住まいの状況にある人々は、それに反し、露天商や不法投棄の排除と防犯カメラの増加を日常生活の中での安全性と美化の促進と捉え好意的に見ていた。しかし、行政による福祉や年金の縮小の恐れが彼らの安心感を揺るがしたと言える。本稿では、彼らがインタビューで表現したこの不安を存在論的安心感(ontological security)に対する脅威として分析する。存在論的安心感は日常生活、将来、アイデンティティーに対するコントロールの主観的感覚である。存在論的安心感は健康、精神健康、社会参加、集団的な効力感を促進する。歴史的に行政の対応が不十分で、一般社会からスティグマがついた地域の再開発では、住民の不安は避けられないものかもしれない。しかし、本稿では、分析を通して住民の地域改善へのさらなる参加を促すいくつかのアプローチを提案したい。これからの社会科学研究は、様々な住まいの状況におかれている住民に対する再開発の影響を理解するために、多様な方法を用いる必要がある。……