著者
木村 正人
出版者
大阪府立大学大学院人間社会システム科学研究科
雑誌
空間・社会・地理思想 = Space, society and geographical thought (ISSN:13423282)
巻号頁・発行日
no.22, pp.139-156, 2019

本稿では、東京都渋谷区において現在進行している大規模再開発、ジェントリフィケーション過程について、公共領域の私有化による縮小と野宿者による抵抗運動に焦点を当てて考察する。その際、渋谷区が進める新宮下公園整備事業とその上位計画の沿革を概観するとともに、2000年代前半、宮下公園に集住していた野宿者による自治活動の取り組みを筆者自身の活動経験にもとづいて回顧し、路上共同体による生きる抵抗(プロテスト)の試みとして描く。抵抗は行政への要求運動に限られず、むしろ共に食べ、働き、寝る、共同生活の営みとしてあった。ほかに行き場を失った者たちが、寄り添いあって生きることがなぜ抵抗になるのか。それは大都市公共地の階級的転換が、集合的な生を孤立化し、規格に収まらない生を「法外な」者として拒絶する企てであるからにほかならない。公園が施錠管理されることによって、公園利用者は不法侵入者・不退去者に転化し、また公共地の私有化は、路上に体を横たえるなけなしの余地をも避難者から収奪する。渋谷の現況が指し示しているのは、改正された都市公園法に基づく公園単体の改造の問題ではなく、新自由主義グローバリズムと「所有者責任社会」の理念によって牽引された大都市再開発のひとつの理想化されたモデルなのである。
著者
スリフト ナイジェル 林 凌
出版者
大阪府立大学大学院人間社会システム科学研究科
雑誌
空間・社会・地理思想 = Space, society and geographical thought (ISSN:13423282)
巻号頁・発行日
no.22, pp.179-205, 2019

本稿は複雑性理論に対する注目度の増大を、普及の地理学という観点から考察する試みである。第一に、それ自体修辞的な複合体である複雑性理論が、グローバル化したサイエンス、ビジネス、ニューエイジといったアクターネットワークの中を通り抜け、循環するようになるにつれ、新しい意味を獲得していったということを論じる。複雑性理論がこれらのネットワークの中を循環することによって、それは新しい条件に遭遇し、新しいハイブリッドな理論形態を創出するようになったのである。第二に、複雑性理論が、欧米社会における新しい感情構造の出現として解釈されうる可能性があるかどうかを論じる。結論部ではこうした解釈に対する警句を述べる。
著者
水内 俊雄 福原 宏幸 花野 孝史 若松 司 原口 剛
出版者
大阪市立大学大学院文学研究科地理学専修
雑誌
空間・社会・地理思想 (ISSN:13423282)
巻号頁・発行日
no.7, pp.17-37, 2002
被引用文献数
1

1. 差別と偏見の心象地理 : 1996年3月, 大阪市西成区の中学生たちが, 愛読していた少女向け漫画雑誌「別冊フレンド」の大阪を舞台設定とした連載で, あるコマ外に西成に対してコメントがあり, これは問題であると教師に訴える出来事があった。そのコメントは, 兄が高校を中退して家を出てからずっと西成に住んでいるという弟の台詞に対して, 「西成*大阪の地名, 気の弱い人は近づかないほうが無難なトコロ」と, 副編集長はわざわざこの西成のことを補足するために, 枠外にこのような注をつけたのである。その中学生の先生への相談は, 同和地区でもあり, こうした生徒への対応が敏速におこなわれ, 結局は西成区民全体が見逃すことのできない問題として, 雑誌社への謝罪などを訴える大きな動きへとつながっていった。……
著者
本岡 拓哉 田中 靖記
出版者
九州大学大学院人文科学研究院地理学講座
雑誌
空間・社会・地理思想 = Space, society and geographical thought (ISSN:13423282)
巻号頁・発行日
no.10, pp.57-83, 2006
被引用文献数
1

2005年, ドイツ・ボーフム大学地理学教室(ウタ・ホーン研究室)と日本・筑波大学土地利用研究室(大村謙二郎研究室), 大阪市立大学地理学教室(大場茂明研究室), 中国・上海同済大学の間で, 学部学生・院生の相互交流を目的としたサマースクールが開始された。2005年8月のドイツラウンド(対象地区 : ライン・ルール大都市圏)を皮切りに, 2005年9~10月には, 日本ラウンド(対象地区 : 大阪・東京大都市圏)が行なわれた。本稿は, そのうち2005年8月に開催された, ドイツ・ボーフム大学主催サマースクール(タイトル「ヨーロッパ大都市圏ライン・ルール地域における都市・地域発展」)の内容をレポートするものである。……
著者
マー マシュー
出版者
大阪府立大学大学院人間社会システム科学研究科
雑誌
空間・社会・地理思想 = Space, society and geographical thought (ISSN:13423282)
巻号頁・発行日
no.21, pp.3-14, 2018

近年の大阪市の釜ヶ崎(西成区のあいりん地区)は、再開発計画や地域の変化が生じており、おそらく日本の現代都市の中でもっとも突出したジェントリフィケーションの実例のひとつと思われる。当該地区を管轄する自治体は、日本の最大の貧困、ホームレスネス、福祉受給、結核が集中した地域を子供連れの家族や観光のための地域に変えることを目指す、西成特区構想という集中的な再開発プロジェクトを実施している。同時に、西成区はボトムアップのまちづくりにおいて、コミュニティの多様かつ反対の意見を取り入れることに熱心に取り組んできた。しかし、町内会、非営利団体、労働組合、政府機関、研究機関などの代表の声が中心となっており、日雇労働者、福祉受給者、公共空間での生活をしている者の声は、このプロセスではほとんどが聞き取られてこなかった。本稿では、これらの声に焦点をあて、釜ヶ崎住民の住まいの状況の(不)安定が西成特区構想に対する認識にどのような影響を及ぼしているのかを探るため、エスノグラフィーによるフィールドワークを取り上げる。西成特区構想が地域で公然と議論され始めた2014年の8月と9月に行われた、釜ヶ崎に住む18人の男性の質的なインタビューのデータを利用する。彼らの幅広い生活史やホームレス状態、福祉受給、雇用、日常生活などの経験の文脈を考察して、インタビューで語った西成特区構想や地域変化に対する見解を分析する。釜ヶ崎における再開発に対する住民の見解が住まいの状況によって異なると主張したい。ホームレス状態(シェルターや公共空間で寝泊まりすること)にある人々は、西成特区構想を現在と将来の生活の安心に対する脅威として経験していることが多い。主に福祉でサポーティブハウジングのような安定した住まいの状況にある人々は、それに反し、露天商や不法投棄の排除と防犯カメラの増加を日常生活の中での安全性と美化の促進と捉え好意的に見ていた。しかし、行政による福祉や年金の縮小の恐れが彼らの安心感を揺るがしたと言える。本稿では、彼らがインタビューで表現したこの不安を存在論的安心感(ontological security)に対する脅威として分析する。存在論的安心感は日常生活、将来、アイデンティティーに対するコントロールの主観的感覚である。存在論的安心感は健康、精神健康、社会参加、集団的な効力感を促進する。歴史的に行政の対応が不十分で、一般社会からスティグマがついた地域の再開発では、住民の不安は避けられないものかもしれない。しかし、本稿では、分析を通して住民の地域改善へのさらなる参加を促すいくつかのアプローチを提案したい。これからの社会科学研究は、様々な住まいの状況におかれている住民に対する再開発の影響を理解するために、多様な方法を用いる必要がある。……
著者
Pun Ngai Wu Ka Ming 水内 俊雄
出版者
大阪市立大学大学院文学研究科地理学専修
雑誌
空間・社会・地理思想 (ISSN:13423282)
巻号頁・発行日
no.8, pp.131-143, 2003

返還後香港は, 特に居住権のための苦闘という点から見れば, 一連の市民権の闘争に彩られてきたといえる。居住権運動は, 返還後香港の社会生活の焦点であった。そして香港では, 市民権とアイデンティティの意味や政治を競い合う, 新しい文化的かつ政治的な領域が膨らんできた(Ku, 2001)。コミュニティや帰属および文化という考え方が, もはや抽象的な概念ではなく, 激しい論争の渦中であり続けたのである。4年間続いたが, 香港市民になった中国本土生まれの子供たち, 期限超過の居住者が, 香港警察に逮捕され中国本土へ送還する動きが最終的にとられた2002年までには, この運動は沈静化してしまった。……