著者
ロールアツヘル フーベルト
出版者
耳鼻と臨床会
雑誌
耳鼻と臨床 (ISSN:04477227)
巻号頁・発行日
vol.12, no.4, pp.209-217, 1966-12-20 (Released:2013-05-10)
参考文献数
22

Mikrovibration (体表面微細振動) の研究が日本ほど盛んに行なわれている国は他になく, その日本の科学雑誌に寄稿するのは喜びにたえない. さて, こゝでは生理学的および技術的問題点を取り上げてみたい.Mikrovibration (以下MVと略す) は温血動物のみにみられる全身的の不断の微細振動であると定義することができよう. これは肉眼的な振動と比較され, Miner Tremor (稲永, 1959) とかphysiologischer Tremor (Stuart, et al. 1963) と呼称された. だが Tremorというのは一定条件 (寒さ, 興奮) で起こる生体の反応や脳疾患 (パーキンソン氏病) で起こるものであり, MVは生涯間断なく続くものである. しかもこれは生体の反応でなく, 永続的な筋活動である. 従つてTremorというよりMVと命名する方が妥当である. それで私は「MVとは温血動物のみにみられ, 全身に存在する永続的な振動で, 健康成人は7~14cpsの周波数をもつものである」と定義する.生物学的問題: MVの生物学的機能はまだ不明である. しかし体温保持と筋緊張が問題となる. 運動神経を切断された四肢ではMVが消失する (菅野, 1957) ことから, これは筋線維の収縮によつて生ずるといえる. またMVは温血動物のみに存在することから, 永続的筋収縮によつて体温を保持するに必要な熱量が生産されていることと関係があると思われる. 身体の弛緩状態および睡眠中は筋肉の活動電流は認められない (Buchthal, 1958). だがその場合でも存在する収縮性筋トーヌスはいかなる機構でなされているかという問題が生ずる. 冷血動物の筋トーヌスはいわゆる遅速線維-温血動物にはみられない-の収縮によつて生ずるようである (Reichel, 1960). また組織と体液のリズミカルな振動が生体の化学的作用に無関係とは思われない. これらの点に大きな意義を有すると考えられるMVの力学的力は, 鉛板による測定実験で, 意外に大きいことが判明した.MVのもう一つの生物学的作用は迷路の受容器の刺激にある. 三半規管の内リンパ液がMVによつて一定の振動をなしていて, そこに存在する受容器は常に刺激されていると考えられる. その刺激が中枢へ伝えられることによつて, 人間は安静時でも方向知覚を保持するのであろう. この仮説の証明のために, 平衡障害患者と正常人で比較実験が行なわれ, 前者では周波数は高く, 振幅は小さいことが実証された (永淵, 1966). この仮説から次のことが考えられる. すなわちMVを欠く冷血動物は温血動物に比較して, 迷路から体位についての情報が少なく, そのため平衡維持が困難であろう. このように考えると, MVは系統発生学にも意義をもつてくる. 温血であることもMVによつて初めて生ずることから, 哺乳動物や鳥類に重要な二つの器官-体温と平衡調節-は系統発生史上ほぼ同時期に現れたといえる.MVの発生に二つの仮説-心搏説と筋原説-がある. 心搏説 (Brumlik, 1962, Buskirk & Fink, 1962) によると, MVは心搏動による身体の共振であると述べている. だがMVは死後数分間認められる (Rohracher, 1954, 菅野, 1957, 吉井, 1965). 実際には心搏の影響をMVから完全に分離することは出来ない. MVの機構は筋原説でうまく説明出来る. 各運動神経線維は多くの筋線維を支配しており, 個々の筋線維が, それぞれ収縮を行なうと周囲に振動を及ぼし, それが綜合されて一つの持続的な微細運動を形成する. 菅野 (1957) と吉井 (1963) は動物実験で頸部脊髄を切断してもMVは存続することを証明した. 脊髄反射が筋線維の収縮に大きな役割を果していることは明らかである. 菅野は脊髄後根を切断すると, その領域の MVは一時増大したあと消失することを証明した. このことから菅野と福永 (1960) はMVの発生に脊髄反射が関与していると述べている. MVの発生機序には脊髄反射以外に中枢支配も考えねばならない. 温度が低下すると, MVの周波数は増加し, それによつて筋肉内の熱量が産生される. この調節は非常に正確に行なわれており, その中枢は視床下部にある. この中枢と筋収縮との間には, 脊髄の運動細胞, ガンマ運動神経, 筋紡錘が関与している.低温ではMVの周波数は高い成分が優位となり, 振幅は減少する (Rohracher, 1954, 1958). だがこの逆の事実が発見された. すなわち人体のMVは冬でその周波数が高く夏で低いという実験結果である. また温帯地方の住民は寒帯地方の住民よりMV周波数は高い (日本人とオーストリア人の比較実験). この説明はまだなされていない.技術的問題: 技術的に最も困難なことはMVの正確な測定である. Marko (1959) は光学的にMVを可視出来るように試みた. 他には電気力学的にこれを把握しようと工夫されている. MVが正絃波振動であれば正確に測定出来るが, 実際は複雑なので正確な測定は困難である. MV測定の理想は, ピツクアツプが小さくて軽いこと, そして振幅と周波数を積分せずに正確に記録出来ることである. 現在はまだこれがないので, 加速度型ピツクアツプと積分装置で測定しなければならない. MVはこの他, 筋活動の本体, 臨床医学的応用, 更に筋活動に必要なエネルギーと体温との関係等の問題をもつている.