著者
中尾 美恵子
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3, pp.215-228, 1995-09-01

「シュピーゲル」誌のベストセラーリストには,ミヒャエルエンデの作品「はてしなき物語」が3年3カ月連続1位を占め続けた。これはドイツ語の本で戦後最大の成功作品といえる。「読者」の少年バスチャンがその本の中に自ら入って,そのファンタジーの世界の中で多くを経験し,迷い,問い,考え,失敗しつつ,精神的成長を遂げ,自己に目覚めるさまを,子供向けに,文章的には平易に,ファンタスチックな物語として書かれている。またそれと同時に,登場人物やイメージの多義性でもって,自由自在に物語の中で遊ぶという巧みな構成がなされ,ファンタジーを躍動させる機会を失った20世紀の大人に間接的ではあっても,ファンタジーやポエジーが,大人の世界に広がれば,現実社会のゆがみも是正される可能性を示唆した含蓄のある大人向けの作品でもある。