著者
堀尾 政博
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.299-314, 1981-09-01

硝酸塩中毒は, 反別動物では国の内外を問わず多発しているが, これは大量の糞尿を施肥した土地に生育した作物を摂食した際, その中に多量の硝酸塩が含まれていたことに起因することが報告されている.すなわち, 反芻動物では摂取された硝酸塩は, 第1冑内の細菌によって還元される過程で中間代謝産物としての亜硝酸に変化する. 硝酸およびその還元物質は, 第1胃壁から速かに吸収されて血液中に入るが, 亜硝酸はさらに赤血球内でヘモグロビンを酸化してメトヘモグロビン(MHb)を形成する. これは酸素運搬能カを持たないため組織は酸素欠乏におちいり, 動物は死に至る. この中毒は一般にヒトでは発生しないと思われているが, 近年発ガン物質N-ニトロソアミンの先駆体となっていると言われている硝酸塩等について, ヒトでも再考する必要のある事例が知られてきた. その意味で反芻動物は現象が強調された1つのモデルとしてみなすことができるので, 硝酸塩の代謝, MHbの消長およびそれらが生体に与える影響などについてここに総説としてまとめて紹介した.(1981年5月25日受付)
著者
山元 修 西尾 大介 徳井 教孝
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.169-180, 2001-06-01
被引用文献数
1

セメントは土木・建築工業分野で広く用いられているが,水に溶けると強いアルカリ性を示す,感作性の強いクロムが微量含まれているという性質のため,セメントによる職業性皮膚障害は比較的多く発生しやすい.本稿ではセメントによる接触皮膚炎4例とセメント熱傷2例を報告する.患者の職業は左官業,トラック運転手,土木建設作業員であった.セメント皮膚炎例は,臨床的に手指に乾燥化,亀裂,角化性丘疹・紅斑あるいは急性浸出性湿疹像を呈していた.うち1例は顔面や躯幹,四肢にも皮疹が認められた.いずれの例もパッチテストにて重クロム酸カリウムに陽性であった.セメント熱傷例はいずれも長靴の中に侵入したセメントに長時間接触後,下腿あるいは足に難治性潰瘍を生じた.パッチテストにてクロムは陰性であった.コンクリート作業現場の視察にて,現在の作業形態あるいは作業着では,皮膚の防護が十分にできないことがわかった.実状に合った易作業性と防護性を兼ね備えた作業着・手袋使用の推奨,あるいは防護形態の工夫が望まれる.セメントによる皮膚障害のほとんどは,実際にセメントを扱う小規模事業場の労働者に発生していると思われる.このような労働者の皮膚障害に対する健康管理体制の確立のため,小規模事業場における健康管理の取り組みを目指した地域産業保健センターの活用が強く望まれる.
著者
藪内 ふじ江 市川 孝夫 荒川 みゆき 千葉 吟子
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.47-55, 1984-03-01

現代の初潮平均年令は我が国の初潮年令の年次推移によっても欧米諸国の年次推移によっても同じ傾向で100年間に3年から4年, 10年間に4カ月位で若年化していることが報告されている. 体操競技では年々技が高度化し筋肉に強い刺激を与える影響からか全国高校選手権から世界選手権までの一部の選手の資料ではあるが初潮の若年化とは逆に選手の初潮は遅れの傾向にある事が判った. 例えば, 対照群である一般の女子グループは14才で既潮率が100%近くに達しているが世界選手権グループは24%と3年も遅れている. 16才では一般の女子グループが100%に対し世界選手権グループは60%と既潮率が低い. 最終的には選手群は対照群に比べて初潮が3年から5年遅れている. 筋肉の過重負担が月経周期の不定期にもつながり影響の大きい事が推察される.
著者
Grubb Blair P. 長友 敏寿 安部 治彦
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.239-245, 2000-09
被引用文献数
1

Head-up tilt試験の普及により, 再発性の失神および失神前駆症状が自律神経調節障害による一過性の起立性低血圧と徐脈に起因することが明らかになり, 神経調節性失神(neurally mediated syncope)として知られている.一方, これまでの研究で, 血圧はさほど変化しないにもかかわらず, 起立時に心拍数が異常に増加し, 失神前駆症状・運動不耐性・疲労・ふらつき・眩暈などの起立性不耐性を発現する大きな患者群があることがわかった.本障害は一般に体位性起立性頻拍症候群(POTS;postural orthostatic tachycardia syndrome)として知られるようになった.明らかな原因は不明であるが, 軽度の末梢自立神経性ニューロパシー(部分的自律神経障害;partial dysautonomia)やβ受容体過敏性(β-receptor supersensitivity)が病態生理として示唆されている.POTSの診断には詳細な病歴調査と神経学的検査を含む理学的検査が必要で, 特にhead-up tilt試験における反応様式は重要である.本稿では, 体位性起立性頻拍症候群の歴史的背景, 臨床的特徴と診断, 治療法について概説する.
著者
堀 愛 中村 祥子 外平 友佳理 岩野 俊郎 谷口 初美
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.421-429, 2006-12-01

ヒトと動物の共通感染症は現在200種以上が知られており,動物園従業員(飼育係,獣医師など)にとって重要な産業保健上のリスクの一つである.動物園で感染症の伝播を防ぐためには,従業員,来園者,動物,そして施設(環境)のそれぞれに対する感染症対策が必要となる.本稿では,わが国の動物園感染症対策の先駆けとして某動物園において感染症対策システムを構築した事例を産業保健の観点から報告する.本システムは,1.通常時の感染症予防活動および2.感染症発生時に備えた危機管理体制の2つの要素から成る.また,事業所の実情に合致し地域に根ざした持続的な感染症対策システムとするため,産業医,獣医師,地域感染症対策チームなどの専門家が協働した.
著者
サラザン・ロジェー
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.151-158, 1986-06-01

現在, フランスには, 人口370人に1人の割合で, 14万5千人の医師(一般医60.3%, 専門医39.7%)がいる. 医学を志すには, まず, 高校終了時にバカ口レア(大学人学資格試験)に合格することが必須である. 大学での医学教育は, 3段階に分かれる. 第1段階は2-3年間, 基礎科学(1,050時間)を学ぶ. カリキュラムは各大学で独自に組まれる. 1学年終了時に厳しい選抜試験があり, 約5分の1に限定される. 第II段階は4年間, 1年目は基礎医学, 残り3年間は臨床病理学と臨床実習(1年無給, 2年有給)に当てられる. 1982年に第II段階終了確認試験が設置され, 合格者は第III段階へ進み, 全員, 一般医レジデントとして認められる. 2年間従事して論文提出後, 一般医になる者, または, その期間内に, 専門医レジデント地方別選抜試験(1984年に設立. 同年の志願者8,800名, 合格者1,426名)を受けることにより, 専門分野の理論・実践期間(4-5年)を許され, 論文提出後, 専門医として開業する者と, レジデントチーフとしてさらに2年間従事し, 国家試,験により一般病院か大学病院の専門医になる者とに分かれる. 後者はごく少数である(フランス外務省科学使節として来日. 1984年11月14日, 産業医科大学教員研究会での講演からその内容を収録した.)
著者
増井 武士 池見 陽 村山 正治
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.243-248, 1983-06-01

フォーカシングにおいて, ある問題全体についての身体の感じ(フエルト・センス)とか, 漠然としたままでいることとか, そこから現われてくる何かを待つこと, など前言語的な体験に注意を向けることが大きな特徴である. また, その特徴は必然的に, フォーカシングにおけるある時点での体験をフォーカシング過程全体の流れの中で位置づけたり,自律性陰反応らの他の類似した体験との弁別を困難なものにしている.それ故フォーカシング体験を, あるstepごとに点検したり, その体験の質を吟味することが必要となる. 本論では, フォーカシングの提唱者である. E.T.Gendlinらがワークショップ利用している"Focusing Check"をより具体的で, かつ日本においても実用可能な形に作成しなおしたものを報告する. この点検の利用により, フォーカシング体験の推進の一助となりえる.(1983年2月21日 受付)
著者
賀好 宏明 舌間 秀雄 木村 美子 佐伯 覚 蜂須賀 研二
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.71-79, 2009-03-01

重度な四肢麻痺を呈し,回復が遅延した軸索型ギランバレー症候群の4例を報告する.症例はいずれも男性であり,臨床経過,電気生理学的検査などにより軸索型ギランバレー症候群と診断された.3例において痛みが問題となり,2例においてクレアチンキナーゼの著明な上昇を認めた.1例に手指の拘縮を認め,2例が呼吸筋の麻痺により人工呼吸器管理となった.極期から退院までの機能的重症度分類において改善を認めたのは2例であった。同様に日常生活活動で改善を認めたのは2例であった.軸索型ギランバレー症候群の急性期理学療法においては疾患特性をよく理解し,患者の心理面に配慮したアプローチが重要であると考えられた.
著者
堀江 祐範 神原 辰徳 黒田 悦史 三木 猛生 本間 善之 青木 滋 森本 泰夫
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.237-243, 2012-09-01

日本や米国を含む諸外国の宇宙機関の国際協力のもと,月面に基地を造り宇宙飛行士が長期間滞在する計画を検討している.月表面には隕石の衝突や宇宙風化により生じた月レゴリスと呼ばれる微粒子が堆積しており,微小重力下の月面での作業においては,月面の粒子状物質の有害性評価が重要であるが,その報告は少なく,特にアレルギーとの関連についての報告はない.月レゴリスの化学組成は.SiO_2がほぼ半分を占め,その他Al_2O_3,CaO,FeOなどが含まれる.宇宙飛行士が月レゴリスの吸入により花粉症様の症状を呈したとの報告があるほか,地球上で類似の組成を持つ黄砂ではアレルギーの増悪効果が報告されており,月レゴリスはアレルギー増悪効果を示す可能性がある.月レゴリスと類似の組成を持つレゴリスシミュラントを卵白アルブミンと共にマウスの腹腔内に投与した試験では,アレルギー増悪効果は認められなかったが,今後吸入モデルなどによるさらなる検討によって,月レゴリスの安全性を確認することが重要である.
著者
江口 泰正 太田 雅規 大和 浩
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.247-253, 2011-09-01

現在,職場における健康保持増進の取り組みとしてもっとも多い内容は,「労働者健康状況調査結果の概況」(厚生労働省2008)によると「健康相談」であるが,2番目に多いのは「職場体操」である.一人でも,あるいは集団でも手軽にできる「体操」は労働者に受け入れられやすく,また継続もしやすいことから,ストレッチングは職場体操としても様々な形で実施されている.しかし,近年その効果に関して否定的な文献も多くなってきた.そこで,総説論文を中心に調査したところ,静的ストレッチング(static stretching)直後における筋パワー系運動(muscle strength/force and isokinetic power)のパフォーマンスはむしろ低下,運動後の筋肉痛の予防にはならないことも明らかにされている.「職場体操」の目的は様々であるが,ストレッチングを職場体操として選択する場合には,その目的に応じたやり方を考慮する必要がある.
著者
中尾 美恵子
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3, pp.215-228, 1995-09-01

「シュピーゲル」誌のベストセラーリストには,ミヒャエルエンデの作品「はてしなき物語」が3年3カ月連続1位を占め続けた。これはドイツ語の本で戦後最大の成功作品といえる。「読者」の少年バスチャンがその本の中に自ら入って,そのファンタジーの世界の中で多くを経験し,迷い,問い,考え,失敗しつつ,精神的成長を遂げ,自己に目覚めるさまを,子供向けに,文章的には平易に,ファンタスチックな物語として書かれている。またそれと同時に,登場人物やイメージの多義性でもって,自由自在に物語の中で遊ぶという巧みな構成がなされ,ファンタジーを躍動させる機会を失った20世紀の大人に間接的ではあっても,ファンタジーやポエジーが,大人の世界に広がれば,現実社会のゆがみも是正される可能性を示唆した含蓄のある大人向けの作品でもある。
著者
種田 博之
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.263-276, 2001-09-01

今日の日本社会において, 占いは日常生活のいたるところで見ることができるほど, ひとつの「社会的事実」となっている.このような状況ではあるが, 占いは社会学的にはいまだに未知の現象のままである.占いに関しての分析を行っていく上で, 占い師は占いの技法を管理する職能者であるということから, 重要な要素の一つをなしている.したがって, 占いについての十分な考察を進めていく上で, なによりもまず占い師の特徴を明確にする必要がある.この論文の目的は, 占いに正当性を付与する「根拠」と占い師を占いへと方向づけた「契機」を明確にすることで, 占い師の特徴を示すことにある.「根拠」としては, 「直感=インスピレーション」か, もしくは経験を通して形作られた「体系的知識」かのどちらかをとられる.「契機」は, 「自発」か, もしくは「強制」かのどちらかがとられる.こうした類型を用いて今日の占い師を捉えるならば, 「知識」と「自発」の両方の特徴をもつ占い師が顕著であることがわかる.では, なぜ, この類型の占い師が、今日, 顕著なのであろうか.この問題を, 本稿では社会構造の関係で分析する.
著者
白木 啓三 今田 育秀 佐川 寿栄子 緒方 甫 浅山 〓 森田 秀明
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.4, no.3, pp.279-288, 1982-09-01

ヒトの上肢あるいは下肢が切断された時には, 体温調節の重要な役割を演じている体表の面積がかなり減少することになる. 体の一部分を喪失した患者の体温調節機序に特異性があるとすれば, リハビリテーション医学においても重要な関心事となる. 両股離断者(BHD)では夏期に著しい多汗を示すことが観察されていたが, 実証的に裏付けがなされていなかった. 2名のBHD(体表面積の40%喪失)を26℃, 30℃および33℃の人工気候室にて安静にせしめ各々の分割体熱測定を行った. 中性温域ではBHDの呼気からの水分喪失量は正常対照者より増加したが, 皮膚からのそれは低下した. 熱負荷(33℃)によりBHDの中心部体温および皮膚温は対照者よりも上昇し, このことが汗量の増加に関係することが実証された. BHDの体温調節は中性温域ではよく保持されるが, 温熱負荷により影響を受け易いことが判った. 更にBHDでは体表面積当りでは正常者より高い産熱があること, 体中心部から被殼部への熱伝達性が高いことおよび体熱放散が様式変化することが判明した.
著者
三島 徳雄 藤井 潤 入江 正洋 久保田 進也 永田 頌史
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.1-9, 1995-03-01
被引用文献数
1

「心とからだの健康づくり(THP)」における健康測定の項目にストレス度チェックの質問項目(THP-SC)が含まれているが,十分に活用されているとは言い難い。そこで,GHQとの比較により有用性を検討した。THP-SCと60項目版GHQを含む質問票を作成し,某製造業事務系従業員261名(全員男性,平均43.7歳)を対象に検討した。GHQはGoldberg法により判定し,THP-SCでは全21項目中ストレス傾向を示す回答数を求め,度数分布の75パーセント点および90パーセント点を含む幾つかの仮の判定基準を設定した。GHQでカットオフ点以上の回答者は60項目版では有効回答243名中48名,12項目版では256名中77名であった。THP-SCの回答数は平均5.67±3.19であった。GHQとの比較では,THP-SCのA項目に含まれる質問で有意の関連を示した項目が多かった。GHQとの比較の結果,THP-SCのA項目単独では4以上,全項目では7以上がストレス状態を示す指標になると考えられた。