著者
井ノ上 徹
出版者
高野山大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

定印上に宝塔を載せる弥勒如来の図像は、善無畏訳の弥勒儀軌等には像容の説明が十分でない。このためか定印弥勒像には、彫刻、絵画、工芸の諸作例にわたっていくつかの異なるかたちが存する。しかし、これら定印弥勒像を密教史と対応させながら図像学的に系統だてて分析した研究は無かった。本研究では、先ずこのタイプの弥勒像が頭髪、着衣、持物等の表現にそれぞれ異なる特徴をそなえていることに着目した。そして、このタイプの弥勒を図像の上から第一類、第二類、第三類に分類した。その結果、第一類から第三類の定印弥勒像制作の背景にはつぎのような事実があるという知見も得た。◎第一類 儀軌の記述に忠実な如来形で古いかたち(例、仁和寺本『弥勒菩薩畫像集』一図等)。螺髪上に宝冠を頂き、衲衣を着し、宝塔を捧ぐ。この如来形は善無畏訳『胎蔵図像』の毘瀘遮那を意識した台密(寺門系)伝来の図像。弥勒即大日の密教思想が反映。◎第二類 宋図様の影響をうけた宝冠毘瀘遮那を意識した如来形と菩薩形の中間的像容(例、『撹禅鈔』一図、快慶作建久三年銘像等)。宝髻上に宝冠を頂き、衲衣を着すという宋仏画の形式をとる。この第二類も弥勒(菩薩)即大日(毘瀘遮那如来)という密教思想を反映。これら第一類、第二類は請来図像をもととしたもので、盲目的にそのかたちを踏襲するという共通した特徴がある。したがって、構図にも変化が乏しい。◎第三類 儀軌にこだわらない菩薩形で新しいかたち。宝髻上に宝冠を頂き、条帛・裙を着け、五輪塔を捧ぐ(和歌山・慈尊院本、高山寺鏡弥勒像等)。この菩薩形は、非善無畏系現図曼荼羅の胎大日を意識。この図像は兜率即密厳=弥勒即大日という東密の深秘釈に基づく。第三類は12世紀末頃わが国で成立し、以後定印弥勒像の主流をなす。第三類は定印弥勒像の日本的展開ともいえ、阿闇梨の意楽が反映され構図等に改変が多い。