著者
井上 摩紀
出版者
奈良女子大学文学部スポーツ科学教室
雑誌
奈良女子大学スポーツ科学研究 (ISSN:13449885)
巻号頁・発行日
no.15, pp.69-72, 2013-03-31

本研究では,中学・高等学校体育の体ほぐしについて,ねらいの3本柱「気づき・調整・交流」のうち,「仲間 との交流」に焦点を当て,「体ほぐしの時間」を「社会性を養い人間関係を構築する時間」として捉えた授業の展開 案を提示した.とはいえ,「気づき・調整・交流」の3つのねらいは複合的に行われるべきである.授業の展開案 のなかでは,気付き・調整の手法としてボディ・ワークを,交流の手法としてチャレンジ運動を用いた.チャレンジ の要素を成立させているものは「危険をおかすこと」とそれに伴う「意志決定」である.また,身体接触に不慣れな生徒像を想定し,声での関わりを多く取り入れた. からだの関わり合いによって,個人が楽しいと感じるだけでなく,他者を信頼・いたわるという一歩進んだ他者 存在への気づきとこころのつながりを感じることが望まれる.身体で感覚される信頼感は,身体感覚は日常の生活 では感覚されにくく,それ故,意図的に取り組まれたからだの関わり合いによって,そこから生じる感情変化に驚 きがある. 中学・高等学校での体育において教師が理解していなければならないことは,生徒たちは出会ったばかりの人間 関係への期待と不安や,すでにある経験から人と関わり合うことへの苦手意識など,様々な気持ちが混在している ということである.体ほぐしの授業では,集団を包む空間全体の雰囲気を和らげる工夫をすることが第1歩となる. その中で,気持ちの軽やかさや自由さ,互いを身体で感じ取ることで生じる発見など,生徒それぞれの感覚でそれ ぞれの感情変化を期待したい. 提示した授業案は,目を閉じて動くなど,不安や恐怖心を高めるものも含んでいる.チャレンジ運動の「危険をおかすこと」という要素は,そのスリルを感じ,克服すべく工夫し,成功に結びつけることにある.集団に対して 意図的に用意された不安感や恐怖心を利用することで,その集団の人間関係をよりよく構築できる可能性がある. 共有した不安感や恐怖心があるからこそ,カタルシスが生じるのである.特に,学年のはじめなど,人間関係が構築される最初の段階では,体ほぐしの授業において,このようなチャレンジ運動の要素を盛り込むとよい.