著者
井手 次郎
出版者
公益社団法人 日本皮膚科学会
雑誌
日本皮膚科学会雑誌 (ISSN:0021499X)
巻号頁・発行日
vol.69, no.9, pp.1207, 1959 (Released:2014-08-29)

人工放射性同位元素の医学への應用は,1937年Lowrenceによつて放射性P32が慢性淋巴球性白血病の治療に始めて利用された.皮膚疾患に対する應用は,1941年Low-Beerによつて初めて使用された.その初期に於てはP33溶液を軟膏に混和し,或は脱脂綿又は綿布に浸込ませてこれを患部に貼付して治療を行つた.その後彼はP32溶液を濾紙に均等に浸込ませて乾燥したものを患部に密着貼付して表面照射を行う方法を考案し,これによつて皮膚癌,角化症,血管腫等の治療に應用した.その後,1952年Sinclairは赤燐を均等に含む柔軟性の合成樹脂板Polythensheetを直接原了濾内で放射性とし,これを病巣に貼付して皮膚癌,尋常性乾癖等の治療に應用した.本邦に於ては,昭和25年欧米より放射性同位元素の輸入が開始されるや,山下,大塚,小堀,中島等によつて血管腫,色素性母斑等の皮膚疾患の治療成績が報告された.その卓越せる効果が認識されるや,各医療機関に於て廣く利用されつゝある.しかし乍ら1面に於ては,X線の過照射による皮膚障碍発生と同様にP32の表面照射による障害発生も皆無ではなく,最近では明らかに過去に於ける過照射が原因と思われる皮膚障碍の例も報告され,その使用法についても警告がなされつつある現状である.著者は先人の業蹟を參考とし,更に将来の障碍発生予防という点を考慮して,昭和31年8月より昭和33年12月迄P32の表面照射によつて各種皮膚疾患390例に治療を行い,治療終了後6ヶ月以上の経過を観察し得た144例についてその成績を報告する.なお著者は実験的研究としてP32の線源を家兎の耳に一定時間貼付して表面照射を行い,肉眼的,組織学的変化を檢討し,さらにP32の組織内照射の1方法として,P32を含有する木綿糸を家兎の耳の皮下に一定時間埋没β線による組織内照射を試み,照射部が肉眼的及び組織学的に受ける影響を観察すべく実験的研究を行つたので,こゝに伴せて報告する.