著者
井本 亨
出版者
立命館大学
雑誌
社会システム研究 (ISSN:13451901)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.25-48, 2003-09-30

本稿はアメリカ商業銀行経営の変遷をたどり,その推移に対して経営学的な分析を試みるものである.1970年代より,アメリカ商業銀行は業務分野,地理的分野に関わる法規制によって業務展開が大きく制限され,成長が鈍化した.多くの大企業が海外進出を行う(多国籍企業の登場)中で,商業銀行も法規制の影響が少ない海外業務へと収益分野を拡大させ,発展途上国に対してソブリンローンなどを提供する.また,アメリカ国内においては,企業合併の手法として脚光を浴びたLBOに対する融資や,不動産融資に精力的に進出し,資産規模を大きく拡大させた.しかしその一方でそのような新しい分野の融資に対する適切な貸付ポートフォリオの構成を行わず,商業銀行に巨額な不良債権を発生させた.不良債権は多くの商業銀行の財務内容を悪化させ,これを契機に商業銀行の経営方針は大きな変化を迎える.これまで,すべての金融サービスを提供する,いわゆるフルライン戦略とよばれていた方針を転換し,自らの得意とする業務分野に経営資源を集中させるフォーカス戦略を多くの銀行が採用した.カリフォルニアの大手商業銀行バンク・オブ・アメリカが海外業務から撤退し地元におけるリテール業務(小口取引業務)に特化したように,商業銀行が経営資源を集中させた分野は,個人や中小企業を顧客とする分野であった.リテール業務は1件あたりの収益が少なく,これまで商業銀行は大口顧客である大企業との取引を好む傾向にあったが,それらの取引は証券業との競争激化によってすでに魅力的なものではなくなっていたため,収益をもたらす新たな顧客としてリテール業務が注目され,規制緩和を伴って,商業銀行はリテール業務を新しい収益源とすることに成功した.このような一連の流れに加え,デリバティブなど新しい金融技術が引き起こした金融革新によって,伝統的銀行業務(預金貸付業務)から金融サービス業務へと商業銀行のマネジメントの主眼は大きく変化していく.