著者
井田 克征
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.79, no.3, pp.769-790, 2005-12-30

ヒンドゥータントリズムの典型ともされるシュリークラ派では、チャクラプージャーと呼ばれる儀礼が行われる。聖なるヤントラに最高女神を勧請し、マントラなどを唱えて供養するというこの儀礼は、より古いいくつかの実践の複合体として形成されたものであり、そしてそれらの実践は、本来は超常力などの現世利益を目的としたものであったことが、同派の古い資料から確認される。しばしば「左道的」「オカルト的」とも形容されるこの古い実践は、時代とともにチャクラプージャーのプロセスの中へと組み込まれていくこととなった。この時、具象的な儀礼行為は瞑想的な儀礼へと置き換えられている。こうした儀礼の複合化と観念化は、YHなどの理論的著作において示された、あらゆる儀礼行為は<最高女神への帰滅=解脱>に他ならないというパラダイムに導かれて発展したものである。そして、このような解脱論の導入は、自分達の「左道的」実践を、より穏健なものへと置き換えることで正統ヒンドゥイズム側からの非難をかわそうという、戦略のひとつとして理解できるだろう。