- 著者
-
藤栄 剛
仙田 徹志
- 出版者
- 日本農業経済学会
- 雑誌
- 農業経済研究 (ISSN:03873234)
- 巻号頁・発行日
- vol.83, no.1, pp.15-27, 2011-06-25 (Released:2014-03-31)
- 参考文献数
- 34
本稿は1930年の金融危機に端を発する世界恐慌後の,農業所得と農家資産の急減に対する農家の対処行動を明らかにするために,戦前期日本の農家家計のパネルデータを用いた.恐慌は,わが国の農家家計に次の2つの主要なショック,すなわち,(i)農産物価格の急落による農業所得の減少(農業所得ショック),(ii)農業資本評価額の低下(農家資産ショック)をもたらした.農家家計はこうした恐慌ショックに対して,農外労働供給,農地利用,雇用労働や投入要素利用の調整によって対処したと考えられる.恐慌は農家家計に重大な影響をもたらしたが,恐慌の経済的な影響を定量的に,特に計量分析によって検討した研究は極めて少ない.そこで,戦前期日本の恐慌前後の農家家計のパネルデータを用いて,恐慌による外生的なショックが農家家計の農地利用,農外労働供給,雇用労働需要や投入要素の利用に及ぼした影響を検討した.その結果,まず,農家家計は農地放出の加速化,養蚕農家による兼業労働の増加と雇用労働の節減,稲作農家による労働多投化,耕種農家による肥料投入の節減によって恐慌ショックに対処したことがわかった.この結果は,恐慌ショックが経営規模階層の変動を促すとともに,日本農業の成長停滞をもたらした可能性を示唆している.また,分析対象期間を通じて,自作農・自小作農や中小地主層は耕地面積の拡大を進めたことがわかった.この点は,恐慌後に中小地主が小作人に小作地の返還を要求したとする先行研究の指摘を間接的ながら裏付けている.