著者
佐治水 弘尚
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
化学と教育 (ISSN:03862151)
巻号頁・発行日
vol.61, no.8, pp.404-407, 2013-08-20 (Released:2017-06-30)
参考文献数
10

水素の安定同位体である重水素(D)で標識された化合物は,安定で長期間の保存に耐えるとともに生体構成成分の構造解析や反応メカニズムの解明に利用できるため,様々な研究分野における有用性が指摘されている。分子内の水素を重水素で置き換えると,原子の質量が変化するため物理的,化学的変化(同位体効果)が生じる。これを利用して薬物の体内動態追跡,食品中残留農薬や環境中の内分泌撹乱物質等の微量定量分析,タンパク質やペプチド等の高次構造解析や,光ファイバーなど様々な機能性物質の材料として利用されている。重水素標識化合物は,入手可能な低分子量の重水素標識された原料から時間,労力,コストをかけて全合成的に合成する方法が一般的であったが,最近になって,水素-重水素(H-D)交換反応を利用して目的化合物に直接重水素を導入する方法が開発されている。本編では,「重水素源はどこにあり,どのように調達するのか」について簡単に説明した後,「重水素をどのようにして目的化合物に導入するのか」といった課題に焦点を当てて,特に「炭素-水素(C-H)」結合を「炭素-重水素(C-D)」に変換する方法について概説する。