著者
佐野 広章
出版者
芸術学研究会
雑誌
芸術学論集 (ISSN:24357227)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.31-40, 2021-12-31 (Released:2021-12-29)

本研究は、「版画のもつ一枚の絵としての面白さ」を追求した日本を代表する版画家 清宮質文の制作工程を、現代の木版画制作者である筆者の視点で考察し、版表現の豊かな創造性と造形の至高性に迫ることを目的としている。研究は、清宮が残した直筆の資料、雑記帳、雑感録、制作控と現存する版木、先行研究から得た情報を参考に技法と手順を推測し、木版画作品2点の部分的再現実験結果を考察する方法で行った。透明なキリコに宿る儚い光と深く静謐に広がる背景が特徴の《キリコ》は、版の再現実験で、一つの版で摺り方を変え11回の重色を可能にする主版と、2種の凸版を作成した。摺りの再現実験では、2枚の制作控に記載された特殊技法(版面上の絵具を部分的に拭きとる技法、指で押し写し取る技法、水性凹版技法)のほか、筆者が手順を推測した技法(水を摺る技法)など、多様な手順を再現で検証した。蝶のフォルム と無限の色彩的空間が特徴の《蝶》は、版の再現実験で、輪郭に鋭角と緩やかな板ぼかしのほか、摺りや水分量の変化で汎用的に重色可能な主版と、撥水加工を施した版、重色を目的とした凸版を作成した。摺りの再現実験では、類似色の制作控を参考に、筆者が全行程を推測し、掠れた摺りや水分量の多い薄い摺り、輪郭線を描く摺りなど、水分の調整による技法の変化や重色の効果を明らかにした。彫りと摺りを解読し、版画の機能や多様な特殊性を再現することで、現在までに検証されていない、清宮の木版画技法と制作工程を追体験し「版画、のもつ一枚の絵としての面白さ」に迫る実験結果を提示した。