著者
陳 璟
出版者
芸術学研究会
雑誌
芸術学論集 (ISSN:24357227)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.1-10, 2021-12-31 (Released:2021-12-29)
参考文献数
15

本稿の目的は、女性日本画家の自画像の制作背景を整理し、画家が残した言葉と対照することを通して、女性日本画家の自画像がフェミニズムの思想を反映する表象の一つであることを提示することにある。本稿で考察対象とするのは、伊藤小坡、島成園、梶原緋佐子、小倉遊亀、北澤映月の以上5名の女性日本画家と、彼女たちが描いた計7点の自画像である。彼女たちは主に明治から昭和時代まで、女性像を中心に制作を行い、官展と院展で活躍した女性画家として知られる。研究の背景では、日本のジェンダー研究が、女性像に対する性差的な視線も存在すると問題視していることを再確認する。それとともに、女性日本画家には男性の視線に対抗する作例は見当たらないという問題を提起し、女性日本画家の制作背景と言葉を調査した。その結果、彼女たちの自画像の考察は、フェミニズムを反映する新たな見方に基づく必要があるとした。彼女たちの画業の中で自画像を制作するに至った背景を調査した。その結果、成園の《無題》と《自画像》は、画中人物の視線が鑑賞者に正対することと画家自身の言説を含め、フェミニズムを反映する作品であることが判明した。一方、緋佐子の《静閑》と映月の《好日》は自画像を主題とした作品だが、鑑賞者の視線を意識して描いた女性像ではなく、自らの功績を表わす自画像である。人物の横顔の表現は、鑑賞者の視線と交わることをせず、自律した画家が制作に没頭するような画面を作った。また、小坡の《製作の前》と《夏》は、男性鑑賞者の視線を意識する美人画と同じである。小坡は官展に入選するために歴史画を辞め、自画像を描くことを通して、当時の社会が期待した女性らしさに応じたのではないかと推測した。小坡の同時代の作品は今後の課題として調査する必要があると結論付けた。
著者
秋田 美緖
出版者
芸術学研究会
雑誌
芸術学論集 (ISSN:24357227)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.21-30, 2021-12-31 (Released:2021-12-29)
参考文献数
14

本論は埼玉県川口市におけるアーティスト・イン・スクールの実践について、学校教育という観点から、更に学校と美術施設が連携して行われる美術教育の可能性を探るという観点から、評価・分析を試みるものである。対象事業は2006年から同市内に位置する川口市立アートギャラリー・アトリアが企画しているもので、美術活動を行うアーティストが小中学校の図画工作科・美術科の授業に講師として派遣され、一単元分の授業の中で制作と発表展の指導を行うものである。筆者は2011年からこの実践にコーディネイターとして関わっている。1.では、本論の主旨・目的を明らかにする。次の2.では川口市立アートギャラリー・アトリアの概要を踏まえ、アーティスト・イン・スクールが施設の事業としていかに位置付けられているかを述べる。3.では、最新の実施例(2019年、小学校で実施)を対象に、事業概要と目的、学校内で行われた授業の流れを追う。授業がいかに計画されたか、講師・教員・コーディネイターがどのような役割を果たしていたかなどを詳細に述べる。それらを踏まえた上で、4.では、授業に参加した児童と教員から聞かれた意見・感想を分析し、プログラムの教育的効果を見出すことを試みた。授業参加者の意見・感想からは、講師の介在によって教員と児童の関係が変化したことが読み取れた。講師が考案した挑戦的内容を含む授業で児童の姿勢が変化し、それを観察する教員の視点も変化している。更には、コーディネイトを手がける美術施設で行われる発表展がもたらす影響として、講師と教員の考え方の違いが明確化する点がある一方で、児童が作品を鑑賞する・発表する効果がある点が明らかになった。
著者
日髙 衣紅
出版者
芸術学研究会
雑誌
芸術学論集 (ISSN:24357227)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.3-12, 2020-12-31 (Released:2021-01-06)
参考文献数
4

本稿は、中国最古の図入りの御籤といわれる『天竺霊籤』の原本を想定し、欠損や後補版の図を再現するための方法を考察したものである。この『天竺霊籤』は南宋時代に刊行されたものと考えられている(以後、南宋版と呼ぶ)。現存するのは86枚で、その中には文字や図の部分的な欠損、後補版が含まれていると考えられている。南宋版と同じ漢詩を伴う御籤は後代に継承され、中国では明代(以後、明版と呼ぶ)、日本では17世紀以降の御籤本が現存する。日本には図も含めて、様々な種類の『天竺霊籤』系統の御籤本が刊行され、100籤が揃っていることから、本来の南宋版も100籤100図から構成されていたと考えられている。本稿では日本の御籤の中で最も中国の御籤を継承する日本の元禄8年(1695)『観音籤註解』(以下、元禄版と呼ぶ)と、南宋版や明版の現存図を手掛かりに、南宋版本来の図を想定し、欠損頁及び後補版の図を補う方法を提示することを目的とする。そのためにまず、元禄版が中国の御籤をどの程度継承するものなのか、テキストと図から検証を行った。そして、南宋版の現存86籤の図の構成については、“モジュール”という観点から考察を行った。これらの検証の結果を基に、元禄版、南宋版の現存図を用いた再現の方法を提示し、南宋版の中で後補版と考えられている75番を例として図の再現を試みた。今回試作によって出来上がった再現図は完全に元の南宋版と一致するとは言い切れないが、失われた一籤の図の大意を示す一つの方法であることを提示した。
著者
王 宛亦
出版者
芸術学研究会
雑誌
芸術学論集 (ISSN:24357227)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.11-20, 2021-12-31 (Released:2021-12-29)

現在、大学の魅力の伝達や知識の活用などの目的で、大学OCW(Open Course Ware)からの情報発信が行われるようになっている。しかしながら、各大学でのOCW活動を推進していく際、利用が不十分、認知度が低いといった問題があった。本研究では、OCWにおける利用率を向上させる方策の検討を目的として、聞き取り調査と印象評価実験を行った。まずは国内で積極的にOCWの取り組みを進めている4つの国立大学(北海道大学、東京大学、名古屋大学、京都大学)のOCWについて、運営管理側への聞き取り調査を行った。インタビュー結果から、運営管理の現状、ビジュアルデザインへの取り組みなどを確認できた。次に利用者が感じる印象と実際の利用状況を考察するために印象評価実験を実施し、利用者へのアンケートによる評価と、その利用過程における録画データの観察調査を分析した。分析の結果、北海道大学の評価が高かった。その理由は、北海道大学は統一されたビジュアルデザインで、一貫したイメージを打ち出していたからだと考えられた。これらから、4つの大学のOCWについて、利用者が感じる印象と実際の利用状況を確認することができた。さらに、分析と考察を踏まえ、OCWにおける利用者がコンテンツを探す行動には共通の利用経路が存在することがわかった。今回の調査研究を通して、ビジュアルデザインの視点から、次の3点を国内におけるOCWの課題として提示した。1)イメージを探る、2)広報活動、3)インタフェースデザインの改善。
著者
佐野 広章
出版者
芸術学研究会
雑誌
芸術学論集 (ISSN:24357227)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.31-40, 2021-12-31 (Released:2021-12-29)

本研究は、「版画のもつ一枚の絵としての面白さ」を追求した日本を代表する版画家 清宮質文の制作工程を、現代の木版画制作者である筆者の視点で考察し、版表現の豊かな創造性と造形の至高性に迫ることを目的としている。研究は、清宮が残した直筆の資料、雑記帳、雑感録、制作控と現存する版木、先行研究から得た情報を参考に技法と手順を推測し、木版画作品2点の部分的再現実験結果を考察する方法で行った。透明なキリコに宿る儚い光と深く静謐に広がる背景が特徴の《キリコ》は、版の再現実験で、一つの版で摺り方を変え11回の重色を可能にする主版と、2種の凸版を作成した。摺りの再現実験では、2枚の制作控に記載された特殊技法(版面上の絵具を部分的に拭きとる技法、指で押し写し取る技法、水性凹版技法)のほか、筆者が手順を推測した技法(水を摺る技法)など、多様な手順を再現で検証した。蝶のフォルム と無限の色彩的空間が特徴の《蝶》は、版の再現実験で、輪郭に鋭角と緩やかな板ぼかしのほか、摺りや水分量の変化で汎用的に重色可能な主版と、撥水加工を施した版、重色を目的とした凸版を作成した。摺りの再現実験では、類似色の制作控を参考に、筆者が全行程を推測し、掠れた摺りや水分量の多い薄い摺り、輪郭線を描く摺りなど、水分の調整による技法の変化や重色の効果を明らかにした。彫りと摺りを解読し、版画の機能や多様な特殊性を再現することで、現在までに検証されていない、清宮の木版画技法と制作工程を追体験し「版画、のもつ一枚の絵としての面白さ」に迫る実験結果を提示した。
著者
上浦 佑太
出版者
芸術学研究会
雑誌
芸術学論集 (ISSN:24357227)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.41-50, 2021-12-31 (Released:2021-12-29)
参考文献数
5

正方格子や正多角形のような数理的秩序による構造(以下、数理的構造)に基づいて形を配置するタイプの造形表現には、恣意や偶然を排した規則的操作による表現と、形や配置をあえて不揃いにする不規則な表現の2種類がある。不規則性を取り入れた表現には図形などの再現的形体のみで構成される作品だけでなく、自然物の形や偶然的行為の痕跡として生ずる非再現的形体を活用した展開もある。しかし、これらを数理的構造に基づく造形の展開として包括的に捉える研究はまだない。そこで本研究では数理的構造に基づく造形の体系化を見据えて、まず不規則性の導入方法を整理することを目的とした。研究対象は最も基本的なアプローチである二次元の数理的構造を基盤とした表現に限定した。調査対象は静止表現に限定し、規則的表現と不規則表現の両方を取り上げた。事例調査をふまえて構造の数理性を活用した配置の特性を整理し、再現的形体と非再現的形体のそれぞれについて不規則性の導入要因を分析した。考察により明らかになった不規則性の導入方法は以下5つである。1)自然物または不揃いな生成物を取り入れる2)偶然性を取り入れた行為の痕跡として直接媒体に定着する不規則形体を取り入れる3)構造の点・線・面の最小単位に対して特定の形または行為を計画的に割り当てるために行うラベリングのプロセスにおいてラベルの分布を不規則にする4)ラベルに割り当てる操作内容に偶然や恣意に基づく不規則な要素を取り入れる5)構造を不規則に変形する不規則性の導入方法を整理したことで数理的構造の応用範囲を俯瞰的に見渡す手掛かりができた。本研究成果は数理的構造を活用した造形を体系化して表現の基盤と展開を拡張する今後の研究のための基礎になる。
著者
陳 璟
出版者
芸術学研究会
雑誌
芸術学論集
巻号頁・発行日
vol.2, pp.1-10, 2021

<p>本稿の目的は、女性日本画家の自画像の制作背景を整理し、画家が残した言葉と対照することを通して、女性日本画家の自画像がフェミニズムの思想を反映する表象の一つであることを提示することにある。</p><p>本稿で考察対象とするのは、伊藤小坡、島成園、梶原緋佐子、小倉遊亀、北澤映月の以上5名の女性日本画家と、彼女たちが描いた計7点の自画像である。彼女たちは主に明治から昭和時代まで、女性像を中心に制作を行い、官展と院展で活躍した女性画家として知られる。</p><p>研究の背景では、日本のジェンダー研究が、女性像に対する性差的な視線も存在すると問題視していることを再確認する。それとともに、女性日本画家には男性の視線に対抗する作例は見当たらないという問題を提起し、女性日本画家の制作背景と言葉を調査した。その結果、彼女たちの自画像の考察は、フェミニズムを反映する新たな見方に基づく必要があるとした。</p><p>彼女たちの画業の中で自画像を制作するに至った背景を調査した。その結果、成園の《無題》と《自画像》は、画中人物の視線が鑑賞者に正対することと画家自身の言説を含め、フェミニズムを反映する作品であることが判明した。一方、緋佐子の《静閑》と映月の《好日》は自画像を主題とした作品だが、鑑賞者の視線を意識して描いた女性像ではなく、自らの功績を表わす自画像である。人物の横顔の表現は、鑑賞者の視線と交わることをせず、自律した画家が制作に没頭するような画面を作った。</p><p>また、小坡の《製作の前》と《夏》は、男性鑑賞者の視線を意識する美人画と同じである。小坡は官展に入選するために歴史画を辞め、自画像を描くことを通して、当時の社会が期待した女性らしさに応じたのではないかと推測した。小坡の同時代の作品は今後の課題として調査する必要があると結論付けた。</p>