著者
倉島 洋介
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.159-166, 2018 (Released:2018-10-31)
参考文献数
36

マスト細胞(肥満細胞)は,消化管粘膜や皮膚といった生体の最前線のバリア機構を担う部位に存在している.粘膜面に存在するマスト細胞は,コンドロイチン硫酸やプロテアーゼによって古くから寄生虫や細菌の排除にかかわることが知られており,病原体「排除」に重要な機能を有する.その一方で,食物アレルギーをはじめとしたアレルギー反応の中核として働くことも知られており,アレルギー・炎症疾患においては我々に不利益をもたらす炎症性メディエーターを分泌し「悪玉」として働く.マスト細胞の活性化には今から50年ほど前に発見されたIgE抗体を介した反応が主たる機序として考えられているが,最近IgEを介さないマスト細胞の活性化がアレルギーや炎症疾患の増悪化にかかわることも報告されている.我々は消化器疾患の1つであるクローン病において活性化したマスト細胞が粘膜面に散見されるという過去の知見から,マスト細胞の活性化因子の同定を目指した.その結果,細胞外に放出されたアデノシン3リン酸(ATP)が深く関わることが見出された.細胞外ATPはダメージを受けた細胞からだけではなく一部の腸内細菌からも放出されることが報告されており,共生関係(commensal mutualism)の形成に重要な因子としても近年注目されている.興味深いことに,マスト細胞の細胞外ATPへの反応性は粘膜に比べ皮膚では低く保たれていることが明らかとなっている.これはマスト細胞の「組織特異性」を示す新たな知見であり,この組織特異性は間葉系細胞の働きによって賦与されていることが明らかとなった.この組織特異性が破たんした状態では,重度の慢性炎症が導かれるが常在菌がない状態では炎症が起こらないことが示されている.すなわち,常在菌との共生ニッチである生体バリアの恒常性維持には,間葉系細胞によるマスト細胞の機能調整が重要であることが明らかとなっている.今後,「共生と排除」制御破綻ともいえる様々な慢性炎症性疾患の発症部位において,マスト細胞をはじめとする免疫細胞の「組織特異性の攪乱」といった視点から間葉系細胞との相互作用に着目し解析することが新たな治療法の確立につながると期待される.