著者
先川 暢郎
出版者
拓殖大学言語文化研究所
雑誌
拓殖大学語学研究 = Takushoku language studies (ISSN:13488384)
巻号頁・発行日
no.144, pp.97-127, 2021-03-25

本論はラフカディオ・ハーンの霊魂観を彼の作品に頻出する「蜃気楼」という現象をキーワードとして,仏教や西欧神秘哲学やスペンサー哲学を参考にしつつ考察しようとする試みであるが,ここには必然的に「神と人」,「人と宇宙」,「人と時間」という壮大なテーマがかかわってくる。ハーンが青年期を過ごしたアメリカは,キリスト教主流派教会の衰退に呼応して,東洋思想と心霊主義ルネサンスともいうべき新たな思潮が押し寄せていた時代で,ハーンも当然ながらそれらの影響を受けて来日したわけである。しかしながら,ハーンの日本体験は書物によらず,生の人間と自然との直接的交流に裏打ちされた体験であり,その結果の霊魂観,神観,時間論は既成の思想・信仰の二番煎じではない。ハーンの鋭い直覚から生まれた思想は飽くまでハーン独自の思想であり,反面,そこにはニューエイジ・サイエンスや現代の先端量子論の先取りとも思われる斬新ささえ見られるのである。我々はハーンの思想の淵源を追うというよりは,時代がやっとハーンに追いつきつつある事実を前に,彼の慧眼に驚嘆せざるをえない。