著者
冨田 啓貴
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.35-52, 2021

<p>社会経済格差は健康格差を生む一因であることが指摘されている。本研究は,身分制社会であった江戸時代において,2集団の人骨からみた健康状態と社会経済格差の間の関連性を明らかにすることを目的とする。本研究では,福岡県北九州市小倉の2遺跡(開善寺跡・京町遺跡)から出土した江戸時代の武士層と推定されている77体の人骨を用いて,死亡年齢,ストレスマーカー,齲歯及び生前喪失歯の分析,それに加えて,社会階層を示す墓制の検討を行った。死亡年齢推定の結果として,開善寺跡の集団においては,成年段階のうちに死亡している女性が男性より多いという特徴を示した。また,開善寺跡の集団を京町遺跡の集団と比較すると,エナメル質減形成,齲歯及び生前喪失歯の出現頻度が低い傾向を示した。この差が生じた要因を明らかにするため,墓制の検討を行った結果,2遺跡間で墓壙の密集度や埋葬施設に占める甕棺の割合が異なる傾向が認められ,開善寺跡の集団は京町遺跡の集団に比べ,社会階層の高い集団である可能性が示唆された。本結果は江戸時代の同一地域内において,社会経済格差が健康格差に影響を与えた一例だと考えられる。</p>