著者
米田 穣
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.114, no.1, pp.5-15, 2006 (Released:2006-06-23)
参考文献数
108
被引用文献数
2 2

古人骨の化学分析に基づいた食性復元は1970年代から盛んになり,今日では数多くの応用研究が行われている。しかし,その方法論には,いくつかの解決せねばならない問題がある。例えば,生体内におけるコラーゲンの同位体比の変動や,生態系全体に影響を及ぼす植物の炭素・窒素同位体比の変動などである。また,コラーゲンやアパタイトの同位体比における続成作用についても検討が必要だ。これらの問題を中心に最近の研究を紹介し,古人骨の化学分析に基づく先史人類学の現状と展望を議論する。
著者
海部 陽介 増山 禎之
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
pp.180805, (Released:2018-08-25)

ヒトの四肢骨骨体は,個人が経験した活動レベルに応じて太く成長する性質があるため,これを利用して先史時代人の生業活動を類推することが可能である。縄文時代人の四肢骨の太さは,時代や遺跡立地環境によって変異することが知られているが,先行研究には,資料数の不足,遺跡間差や計測者間誤差が十分に検討されていないこと,骨体太さに対する骨サイズの影響をコントロールしていないことなどの難点があった。本研究では,沖縄から北海道にいたる列島各地の先史時代遺跡由来の1003個体分の上腕骨をサンプルとし(うち縄文時代のものは797個体),骨長の影響を除いた骨体太さについて,遺跡間差も考慮した時空変異の解析を行なった。分析の結果,早期以降に時代を追った上腕骨太さの増大が生じたこと,海浜部の遺跡は内陸平野の遺跡より上腕骨が太いこと,同一時期の海浜部遺跡の間でも太さが顕著に異なる場合があること,骨体太さの遺跡間変異パターンは男女で異なることなどがわかった。特に興味深い知見として,男性において,渥美半島の突端に位置する保美貝塚集団の上腕骨が際立って太いことがあげられる。その原因として,外海での漁労活動に加え,漕ぎ舟による活発な海上物資輸送が行なわれていた可能性を指摘した。
著者
澤藤 りかい 蔦谷 匠
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
pp.200213, (Released:2020-04-07)

従来の免疫的な手法によるタンパク質の検出と異なり,質量分析を利用したタンパク質の分析は,微量のタンパク質も検出でき,誤同定の恐れが小さく,処理能力が高く,未知のタンパク質を網羅的に解析できるという利点をもつ。2010年代以降,考古・人類学的な資料として学術的意味をもつ生物遺物体に存在する過去のタンパク質を,質量分析計を用いてハイスループットまたは網羅的に分析する古代プロテオミクスの研究が盛んになってきた。こうした古代プロテオミクスの手法は,特定のタンパク質のスペクトルパターンから分類群を判別するペプチドマスフィンガープリンティング(ZooMSなど)と,試料中に存在するタンパク質を網羅的に同定するショットガンプロテオミクスに分類できる。現在行なわれている古代プロテオミクスの研究は,生物試料の分類群の判別と系統推定,遺伝情報の推定,有機物の同定,生理状態をあらわすタンパク質の検出,食性の推定,という5つのカテゴリーに大別できる。質量分析によるプロテオミクスに一般的な問題や,過去の試料を分析する際に特有の問題があるものの,古代プロテオミクス分析の利点を活かした研究は今後さらに増加し多様化していくものと予想される。
著者
川久保 善智 澤田 純明 百々 幸雄
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.117, no.2, pp.65-87, 2009 (Released:2009-12-25)
参考文献数
70
被引用文献数
3 3

南東北(宮城・福島・山形)由来の古墳時代人・古代人と北東北(青森・岩手・秋田)由来の江戸時代人の頭蓋について,計測的分析と形態小変異の分析を行い,これら東北地方の古人骨に,縄文人やアイヌの形態的特徴が,どの程度遺残しているかを調べた。比較資料として,東日本縄文人,北海道アイヌ,関東の古墳時代人と江戸時代人,それに北部九州の古墳時代人と江戸時代人の頭蓋を用いた。計測的分析では,顔面平坦度計測を含めた18項目の頭蓋計測値を用い,マハラノビスの距離(D2)にもとづいた分析と線形判別分析を試みた。頭蓋形態小変異については,観察者間誤差が少なく,日本列島集団の類別に有効であることが知られている6項目に絞って,スミスの距離(MMD)にもとづく分析を行った。D2でもMMDでも,縄文人に最も近いのは北海道アイヌであったが,東北地方の古墳時代人(計測的分析では古代人も含む)がこれに次いでおり,古墳時代でも江戸時代でも,九州→関東→東北→北海道アイヌまたは東日本縄文人という,明瞭な地理的勾配が観察された。同様の地理的勾配は,判別分析においても確かめられた。このような地理的勾配から判断すると,今回研究の対象にすることができなかった北東北の古墳時代人は,南東北の古墳時代人よりも,さらに縄文・アイヌ群に近接するであろうと推測された。もし彼らが古代の文献に出てくる蝦夷(エミシ)に相当する人々であったとしても,東北地方の古代日本人(和人)と縄文・アイヌ集団の身体的特徴の違いは連続的であったと思われるので,古代蝦夷がアイヌであるか日本人であるかという“蝦夷の人種論争”は,あまり意味がある議論とは思われなかった。
著者
篠田 謙一 神澤 秀明 角田 恒雄 安達 登
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.127, no.1, pp.25-43, 2019 (Released:2019-06-26)
参考文献数
42
被引用文献数
4

佐世保市下本山岩陰遺跡から出土した2体の弥生人骨の核ゲノム解析を行った。これらの人骨は,遺跡の地理的な位置と形態学的な研究から縄文人の系統を引く西北九州弥生人集団の一員であると判断されている。しかし,次世代シークエンサを用いたDNA解析の結果,共に縄文系と渡来系弥生人の双方のゲノムを併せ持つことが明らかとなった。これらの人骨の帰属年代は弥生時代の末期にあたる。本研究結果から,この時期には九州の沿岸地域でも,在来集団と渡来した人々との間で混血がかなり進んでいたことが明らかとなった。このことは,これまで固定的に捉えられていた渡来系弥生人と西北九州弥生人の関係を捉え直す必要があることを示している。また本研究によって,古人骨の核ゲノムの解析で得られたデータは,このような混血の状況を捉えるのに有効であることも示された。今後,北部九州の弥生人骨のゲノム解析を進めていけば,日本人の成立のシナリオは更に精緻なものになることが期待される。
著者
余郷 嘉明 鄭 懐穎 長谷川 政美 杉本 智恵 田中 新立 本庄 健男 小林 伸好 太田 信隆 北村 唯一
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.111, no.1, pp.19-34, 2003 (Released:2003-11-19)
参考文献数
57
被引用文献数
3 3

JC ウイルス (JCV) DNA の系統解析によりアイヌの起源を解明することを目的として, 北海道の3地域(浦河, 白老, 旭川)に住むアイヌ30名から尿を採取した。尿から検出された JCV DNA (n = 13) は5つのゲノム型 (MY-b, MY-x, MX, EU-a/Arc, EU-c) に分類された。MY-b, EU-a/Arc, EU-cは過去に近隣の人類集団から検出されたが, MY-xとMXは今回初めてアイヌから検出された。得られた知見から, (1) 東北アジアから渡来した複数の人類集団が現代アイヌを築いたこと, (2) ヨーロッパ人に近縁の東北シベリア先住民の祖先集団が現代アイヌの中核を形成したこと, (3) 縄文人を形成した集団や新規な東北アジア系集団も現代アイヌの形成に寄与したことが示唆された。
著者
太田 博樹
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.115, no.2, pp.73-83, 2007 (Released:2007-12-22)
参考文献数
68

現在100種を上回る生物種で全ゲノム塩基配列決定が進行中もしくは完了し,『ゲノム博物学』といった様相を呈している。ヒト近縁種については,ヒト,チンパンジー,マカクの全ゲノム・ドラフト配列が発表され,これらゲノム情報の種間比較により分子レベルから人類進化へアプローチする研究は10年前に比べ格段に容易となった。ゲノムワイドの種内比較研究もヒトで最も進んでおり,国際HapMapプロジェクトが組織され,3大陸(アフリカ,ヨーロッパ,アジア)人類集団から百万個以上のDNA多型マーカーが同定された。各生物種の全ゲノム配列やヒト多型データは,データベースが整備されインターネットを介して容易に入手できる。こうしたゲノム科学の進展は「ヒト」および「人」に関わるあらゆる学問,産業,思想に革命的なインパクトを与えることが予想され,既にそうなりつつある。産業との関連においては,シークエンスやタイピングの効率の向上に重きが置かれがちだが,データ解釈の正確さを忘れない姿勢が科学者のあるべき姿であろう。この点において人類学的視点をゲノム科学へフィードバックする重要性が今後さらに増すに違いない。本稿では,ゲノム科学をめぐる世界的動向を概説し,ゲノム科学と人類学の関わりについて議論する。
著者
高椋 浩史
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.119, no.2, pp.75-89, 2011 (Released:2011-12-22)
参考文献数
61
被引用文献数
1

縄文時代から現代に至る骨産道形態の時代変化を検討し,あわせて母親の産道形態が脳頭蓋形態に及ぼす影響について検討した。分析対象地域における骨産道形態の時代変化を検討した結果,縄文人集団の骨産道サイズが比較集団中で最大であった。また,骨産道入口部の形状については,弥生人集団および中世人集団では前後径が短く,横径が長かった。それ以降の近世,近現代,現代人集団の骨産道入口部は逆に前後径が長い特徴を持っていた。一方,骨産道出口部の大きさは縄文時代から時代とともに概ね減少する傾向が確認できた。その上で,分娩時に児頭形態との関係が重要とされている骨産道入口部と頭型の時代変化を比較した。その結果,骨産道入口部形態の時代変化と頭型の変化は概ね一致することが示された。このことから母親の産道形態が脳頭蓋の形態決定要因の一つである可能性が示された。さらに,骨産道サイズと相関があることが指摘されてきた身長との時代変化とについても検討した結果,弥生人集団以降,骨産道サイズの変化と身長の変化が概ね一致する傾向が確認できた。
著者
米元 史織
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.120, no.1, pp.15-46, 2012 (Released:2012-08-22)
参考文献数
106
被引用文献数
1 1

筋骨格ストレスマーカー(MSMs)を用いて,先史・古代人の日常的な活動を古人骨から推察するという研究は数多く行われている。しかし,その一方でMSMsの有効性そのものを疑う研究も提出されている。そこで,本稿ではMSMsから活動の復元を行うことの有効性を検討した。対象資料は考古学・文献記録・民俗調査から漁撈活動を行っていたと想定される吉母浜中世人骨と,埋葬様式より身分の推定が可能な江戸市中出土人骨,及びその比較資料として久世家などの出自の特定が可能な江戸時代人骨,合わせて313体を用いた。上肢(鎖骨・上腕骨・橈骨・尺骨)および下肢(大腿骨・脛骨)に付着する筋・靭帯・腱付着部29部位を対象とし,それぞれの発達度をスコアによって評価した。まず,吉母浜中世人骨では先行研究で指摘されている「肋鎖靭帯のスコアが顕著に高く,次いで大胸筋や三角筋のスコアが高い」という漁撈的特徴を示すことを確認した。次に江戸時代人骨の各埋葬様式群のMSMsの類似性や,男女差の検討を行った。これらの分析の結果,武士階層とされる埋葬様式の被葬者のMSMsは互いに類似し,庶民層とではMSMsのスコアの発達度が異なる傾向をみせることが確認された。具体的には,武士層とされる埋葬様式群では,下肢8部位のMSMsの発達度に類似性がみられ,その特徴は,剣術・弓術・馬術などの武芸や立ち居振る舞いなどの所作によって形成されうるものであると考えられた。本研究の結果は,MSMs分析が生活様式を復元する有力な方法の1つとなる可能性を示唆するものである。
著者
日下 宗一郎 佐宗 亜衣子 米田 穣
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.123, no.1, pp.31-40, 2015 (Released:2015-06-20)
参考文献数
43
被引用文献数
1 1

本研究は,國府遺跡と伊川津遺跡から出土した縄文時代人骨の放射性炭素年代測定と炭素・窒素安定同位体比による食性解析を行った。國府人骨は,土器などの副葬品や抜歯風習などから,縄文時代前期と晩期の二つの時期に,伊川津人骨は晩期に帰属すると考えられてきた。この従来の年代推定を検証するとともに,食性の時代による変化や,抜歯型式に対応した食性の差違を調べることを目的とした。國府人骨は28個体について分析を行い,伊川津人骨は6個体について分析を行った。年代測定の結果,國府人骨は,5440–5990 cal BP, 4410–4520 cal BP, 2960–3070 cal BPの年代を示した。伊川津人骨は,2440–3070 cal BPの年代を示した。國府人骨の年代は,従来の前期と晩期という二つの時期の分類に加えて,一部中期の個体を含んでいる可能性を検出した。また,國府集団の食性は,陸上・淡水資源の摂取を特徴とし,晩期において淡水魚摂取の割合が下がっていた。伊川津集団の食性は,海産・陸上資源の摂取を特徴とし,晩期の國府集団よりも海産資源をより多く摂取していた。晩期においては,同位体比と抜歯型式の間に明確な関係は見られなかった。このように,人骨資料の年代を確かにすることは基礎的な情報として重要であり,一遺跡内でも食性の時期間変化の検討が可能となる。
著者
奈良 貴史 Maureille Bruno
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.116, no.1, pp.77-81, 2008 (Released:2008-06-30)
参考文献数
2

フランスの人類学が組織的に活動し始めたのは,1859年,P. BROCAによって設立されたパリ人類学会からである。150年近い歴史の中で1832回にも及ぶ例会や会誌の発行などの日常的な活動のほかに,フランス国内のみならずベルギーやスイス等でも開催されるフランス語圏人類学大会(GALF)の中心的な役割を果たしており,英語圏とは一線を画した活動がみられる。1980年頃から会員数の減少に悩まされたが,ここ3年は,若い会員を中心に増加傾向にある。会員数増加への取り組み方や日本とは違った研究制度・組織であるCNRS(国立科学研究所)等のフランスの人類学事情について報告したい。
著者
辰巳 晃司 奈良 貴史
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.53-74, 2021 (Released:2021-12-27)
参考文献数
67

本研究では,2017年に東京都港区湖雲寺跡遺跡から出土した幕府旗本永井家の歴代当主・正室の頭骨に貴族的特徴が認められるか,形態学的に検討した。貴族的特徴は江戸時代の身分制社会の頂点に位置する徳川将軍家や大名家の頭骨にみられる,極端に幅狭い顔面部,高く大きな眼窩,狭く高い鼻根部,華奢な下顎,微かな歯冠咬耗など,庶民とは異なる特有の特徴を表す。永井家の人骨は,当主10体・正室7体を含む約200年の系譜にわたる,これまで報告例のなかった旗本家の貴重な家系人骨資料である。本研究の結果,旗本永井家には当主・正室ともに貴族的特徴の傾向が認められ,当主は大名に近く,正室は将軍正室と大名正室に近い傾向がみられた。ただし,当主の下顎は庶民に近い頑丈性がみられ,貴族的特徴も世代を経るごとに強くなる傾向はみられなかった。また,顔面頭蓋形態と武家階層の高低との関連を調べた結果,特に男性において明瞭な対応関係が認められ,武家の家格や石高が高いほど典型的な貴族的特徴を呈し,低いほど庶民的特徴に近付くという階層性が示された。永井家に貴族的特徴が認められる要因としては,元々大名を出自とし,旗本の中でも7000石という高い階層にあることが考えられる。永井家当主の歯の咬耗は軽微であることから,下顎が頑丈な要因については,今後食生活以外の可能性も検討する必要がある。
著者
山極 寿一
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.122, no.1, pp.76-81, 2014 (Released:2014-06-24)
参考文献数
12

人類学は,現在私たちが生きている社会や,それを維持するために必要な人間の特性が何に由来するのかを教えてくれる重要な学問である。人間の形態的特徴と同じく,社会の特徴も,人類の進化史の中に正しく位置づけないと,現在の人間の行動特性を誤って解釈することになる。たとえば,集団間の戦いは定住生活と農耕が登場してから発達したもので,人間の本性とは言えない。人間の高い共感能力は,捕食圧の高い環境で多産と共同保育によって鍛えられ,家族と共同体の形成を促した。その進化史を人間に近縁な類人猿と比較してみるとよく理解できる。最近の自然人類学の成果をぜひ高校教育に生かしてほしい。
著者
佐藤 孝雄 巌谷 勝正 長瀬 忍 森 茂樹 能城 修一 吉永 淳 米田 穣
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.127, no.1, pp.15-23, 2019

<p>東京都目黒区祐天寺に所在する阿弥陀堂は,五代将軍徳川綱吉・八代将軍徳川吉宗の養女であった竹姫が,1724(享保九)年,厄除けの為に造営・寄進した堂宇と伝えられる。寺録にはその由来と合わせ,寄進時,施主竹姫の御髪を収めた石箱が須弥壇の下に埋設されたことも記されている。2014年,改修工事のため阿弥陀堂が一時移設されたところ,寺録に記されている通り,須弥壇の真下に当たる位置に基壇に埋設された石箱が現れ,その内部から頭髪と板材片,白色の粉塊,懐中鏡ほか若干の遺物を発見するに至った。小稿では,それらの観察所見・分析結果を報告し,将軍家養女の中でもひときわ著名な竹姫の食性と厄除け行為について推測し得た事柄を記す。</p>
著者
辰巳 晃司 奈良 貴史
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.53-74, 2021

<p>本研究では,2017年に東京都港区湖雲寺跡遺跡から出土した幕府旗本永井家の歴代当主・正室の頭骨に貴族的特徴が認められるか,形態学的に検討した。貴族的特徴は江戸時代の身分制社会の頂点に位置する徳川将軍家や大名家の頭骨にみられる,極端に幅狭い顔面部,高く大きな眼窩,狭く高い鼻根部,華奢な下顎,微かな歯冠咬耗など,庶民とは異なる特有の特徴を表す。永井家の人骨は,当主10体・正室7体を含む約200年の系譜にわたる,これまで報告例のなかった旗本家の貴重な家系人骨資料である。本研究の結果,旗本永井家には当主・正室ともに貴族的特徴の傾向が認められ,当主は大名に近く,正室は将軍正室と大名正室に近い傾向がみられた。ただし,当主の下顎は庶民に近い頑丈性がみられ,貴族的特徴も世代を経るごとに強くなる傾向はみられなかった。また,顔面頭蓋形態と武家階層の高低との関連を調べた結果,特に男性において明瞭な対応関係が認められ,武家の家格や石高が高いほど典型的な貴族的特徴を呈し,低いほど庶民的特徴に近付くという階層性が示された。永井家に貴族的特徴が認められる要因としては,元々大名を出自とし,旗本の中でも7000石という高い階層にあることが考えられる。永井家当主の歯の咬耗は軽微であることから,下顎が頑丈な要因については,今後食生活以外の可能性も検討する必要がある。</p>
著者
篠田 謙一
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.116, no.2, pp.154-160, 2008 (Released:2008-12-27)
参考文献数
30

歴史時代と現代の台湾原住民の関係について考察する目的で,国立台湾大学が所蔵する台湾原住民ブヌン族の古人骨試料からDNAを抽出し,ミトコンドリアDNAの分析を行った。合計で34体分の肋骨サンプルを実験に用い,最終的に25体で塩基配列データを得た。全体で15のハプロタイプを区別したが,特定のハプロタイプが多数を占めると言うことはなく,多様性が保たれていることが判明した。次にハプログループ頻度を用いて現代の原住民8集団との系統関係を解析した。その結果,今回のサンプルは現代のブヌン集団に最も近縁であることが示され,少なくともブヌン族では歴史時代からの遺伝的な特徴が,そのまま保存されていることが証明された。また各集団の遺伝的な関係は,基本的には地理的な近縁関係を反映していることも明らかとなった。今回の研究は,これらのサンプルに解析できる量のDNAが保存されていることを明らかにし,博物館・大学に収蔵されている人骨試料が,現在では収集が困難になりつつある原住民のDNAサンプルの供給源としても大きな価値があることを証明した。
著者
平田 和明 長岡 朋人 星野 敬吾
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.112, no.1, pp.19-26, 2004 (Released:2004-07-14)
参考文献数
15
被引用文献数
13 13

鎌倉市の由比ヶ浜地域には大量の中世人骨が出土している静養館遺跡,由比ヶ浜南遺跡(単体埋葬墓),中世集団墓地遺跡(No. 372)および材木座遺跡の4遺跡があり,これらの出土人骨の刀創の特徴を比較検討した。刀創受傷率は材木座遺跡が最も高く65.7%であり,次に静養館遺跡が6.6%で,中世集団墓地遺跡は1.4%,由比ヶ浜南単体埋葬人骨は1.3%であった。刀創人骨のうちの斬創が占める割合は,静養館遺跡が100%,由比ヶ浜南遺跡が66.6%,中世集団墓地遺跡が75.0%,材木座遺跡が2.7%であった。一方,掻創が占める割合は材木座遺跡が82.3%で圧倒的に高く,中世集団墓地遺跡は2個体だけで25.0%,静養館遺跡と由比ヶ浜南遺跡の出土人骨には掻創は認められなかった。由比ヶ浜地域(前浜)は主として14世紀に中世都市鎌倉の埋葬地として使用されたと考えられるが,遺跡間および同一遺跡内の各墓抗間においても人骨の埋葬形態に差異があることが明らかであり,今後の広範囲な分野から更なる解析・検討が必要である。
著者
蔦谷 匠 久保 麦野 三河内 彰子
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.55-62, 2018 (Released:2018-06-28)
参考文献数
16

人類学・先史考古学の教育普及において博物館展示は特に有効だが,展示解説には常にさまざまな制約があり,さらに興味を抱いた来館者に対して効果的に展示を補足する工夫が求められる。既存のウェブサービスを活用すれば,大きなコストやスキルを必要とせずに,博物館展示を補足する解説システムを構築できる。本稿では,東京大学総合研究博物館の2009–2013年の人類学・先史考古学を扱った常設展示「キュラトリアル・グラフィティ―学術標本の表現」において実施した,Twitterやブログを利用した展示解説の取り組みについて報告する。2011年9月から2013年5月までの21ヶ月間に,ふたつのシステムを比較し,利用者にアンケートをとって解析した。その結果,以下の3点が明らかになった。(1)来館者の所持する携帯電話端末から閲覧できる展示解説は,多数の来館者から利用を希望されていたものの,モバイル通信ネットワーク経由で接続することを前提としたシステムでは,提供する情報量を絞り,軽量性を重視することも重要である。(2)2011–2013年時点の状況として,10代20代の若い世代の利用率が高く(それぞれ17%,24%)60代以降の利用率が低かった(7%以下)。(3)来館者のニーズは多様であり,どのような範囲のニーズに応えることを目指しているのかを明確にしていく必要がある。
著者
瀧川 渉
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.113, no.1, pp.43-61, 2005 (Released:2005-07-13)
参考文献数
53
被引用文献数
2 3 3

縄文人と北海道アイヌの両集団間に緊密な近縁関係があるということは,頭蓋や歯冠に見られる計測的特徴や形態小変異などに基づいた各種解析の他,古人骨から抽出されたミトコンドリアDNAの塩基配列に基づく分析からも積極的に支持されてきた。しかしながら,両者の四肢骨形態については,今まであまり十分な検討が行われてこなかった。 そこで今回,北海道,東北,関東地方を含む東日本における縄文人骨資料をふまえ,北海道アイヌと現代関東人との間で比較を行い,3集団間における四肢骨の計測的特徴について共通点と相違点を確認した。単変量の比較では,まず縄文人と北海道アイヌの遠位骨が現代関東人よりも相対的に長いということ,縄文人男性の腓骨が著しく太く3集団間で最大であること,縄文人とアイヌでは脛骨の扁平性の強さが共通するのに対し,上腕骨の扁平性や大腿骨の柱状性についてはアイヌの方が有意に弱いことが判明した。 また,3集団間で上肢骨と下肢骨の計測値に基づきマハラノビス距離を求めてみると,アイヌは縄文人と現代関東人のほぼ中間付近に位置づけられるか,やや現代関東人に近接する状況が見られた。その一方,いずれの計測項目の組み合わせでも,縄文人とアイヌの間の距離は,縄文人と現代人の間の距離よりも小さくなることが示された。近現代に至る小進化の過程において,縄文人がアイヌと現代関東人の共通の祖先であると仮定するならば,縄文人からアイヌに至る四肢骨の形質変化は,縄文人から現代関東人への変化よりも小さかったことが示唆される。このような形質変化の違いは,頭蓋計測値に基づいた距離分析の結果ともよく一致する。