著者
高椋 浩史
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.119, no.2, pp.75-89, 2011 (Released:2011-12-22)
参考文献数
61
被引用文献数
1

縄文時代から現代に至る骨産道形態の時代変化を検討し,あわせて母親の産道形態が脳頭蓋形態に及ぼす影響について検討した。分析対象地域における骨産道形態の時代変化を検討した結果,縄文人集団の骨産道サイズが比較集団中で最大であった。また,骨産道入口部の形状については,弥生人集団および中世人集団では前後径が短く,横径が長かった。それ以降の近世,近現代,現代人集団の骨産道入口部は逆に前後径が長い特徴を持っていた。一方,骨産道出口部の大きさは縄文時代から時代とともに概ね減少する傾向が確認できた。その上で,分娩時に児頭形態との関係が重要とされている骨産道入口部と頭型の時代変化を比較した。その結果,骨産道入口部形態の時代変化と頭型の変化は概ね一致することが示された。このことから母親の産道形態が脳頭蓋の形態決定要因の一つである可能性が示された。さらに,骨産道サイズと相関があることが指摘されてきた身長との時代変化とについても検討した結果,弥生人集団以降,骨産道サイズの変化と身長の変化が概ね一致する傾向が確認できた。
著者
米元 史織
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.120, no.1, pp.15-46, 2012 (Released:2012-08-22)
参考文献数
106
被引用文献数
1 1

筋骨格ストレスマーカー(MSMs)を用いて,先史・古代人の日常的な活動を古人骨から推察するという研究は数多く行われている。しかし,その一方でMSMsの有効性そのものを疑う研究も提出されている。そこで,本稿ではMSMsから活動の復元を行うことの有効性を検討した。対象資料は考古学・文献記録・民俗調査から漁撈活動を行っていたと想定される吉母浜中世人骨と,埋葬様式より身分の推定が可能な江戸市中出土人骨,及びその比較資料として久世家などの出自の特定が可能な江戸時代人骨,合わせて313体を用いた。上肢(鎖骨・上腕骨・橈骨・尺骨)および下肢(大腿骨・脛骨)に付着する筋・靭帯・腱付着部29部位を対象とし,それぞれの発達度をスコアによって評価した。まず,吉母浜中世人骨では先行研究で指摘されている「肋鎖靭帯のスコアが顕著に高く,次いで大胸筋や三角筋のスコアが高い」という漁撈的特徴を示すことを確認した。次に江戸時代人骨の各埋葬様式群のMSMsの類似性や,男女差の検討を行った。これらの分析の結果,武士階層とされる埋葬様式の被葬者のMSMsは互いに類似し,庶民層とではMSMsのスコアの発達度が異なる傾向をみせることが確認された。具体的には,武士層とされる埋葬様式群では,下肢8部位のMSMsの発達度に類似性がみられ,その特徴は,剣術・弓術・馬術などの武芸や立ち居振る舞いなどの所作によって形成されうるものであると考えられた。本研究の結果は,MSMs分析が生活様式を復元する有力な方法の1つとなる可能性を示唆するものである。
著者
太田 博樹
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.115, no.2, pp.73-83, 2007 (Released:2007-12-22)
参考文献数
68

現在100種を上回る生物種で全ゲノム塩基配列決定が進行中もしくは完了し,『ゲノム博物学』といった様相を呈している。ヒト近縁種については,ヒト,チンパンジー,マカクの全ゲノム・ドラフト配列が発表され,これらゲノム情報の種間比較により分子レベルから人類進化へアプローチする研究は10年前に比べ格段に容易となった。ゲノムワイドの種内比較研究もヒトで最も進んでおり,国際HapMapプロジェクトが組織され,3大陸(アフリカ,ヨーロッパ,アジア)人類集団から百万個以上のDNA多型マーカーが同定された。各生物種の全ゲノム配列やヒト多型データは,データベースが整備されインターネットを介して容易に入手できる。こうしたゲノム科学の進展は「ヒト」および「人」に関わるあらゆる学問,産業,思想に革命的なインパクトを与えることが予想され,既にそうなりつつある。産業との関連においては,シークエンスやタイピングの効率の向上に重きが置かれがちだが,データ解釈の正確さを忘れない姿勢が科学者のあるべき姿であろう。この点において人類学的視点をゲノム科学へフィードバックする重要性が今後さらに増すに違いない。本稿では,ゲノム科学をめぐる世界的動向を概説し,ゲノム科学と人類学の関わりについて議論する。
著者
日下 宗一郎 佐宗 亜衣子 米田 穣
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.123, no.1, pp.31-40, 2015 (Released:2015-06-20)
参考文献数
43
被引用文献数
1 1

本研究は,國府遺跡と伊川津遺跡から出土した縄文時代人骨の放射性炭素年代測定と炭素・窒素安定同位体比による食性解析を行った。國府人骨は,土器などの副葬品や抜歯風習などから,縄文時代前期と晩期の二つの時期に,伊川津人骨は晩期に帰属すると考えられてきた。この従来の年代推定を検証するとともに,食性の時代による変化や,抜歯型式に対応した食性の差違を調べることを目的とした。國府人骨は28個体について分析を行い,伊川津人骨は6個体について分析を行った。年代測定の結果,國府人骨は,5440–5990 cal BP, 4410–4520 cal BP, 2960–3070 cal BPの年代を示した。伊川津人骨は,2440–3070 cal BPの年代を示した。國府人骨の年代は,従来の前期と晩期という二つの時期の分類に加えて,一部中期の個体を含んでいる可能性を検出した。また,國府集団の食性は,陸上・淡水資源の摂取を特徴とし,晩期において淡水魚摂取の割合が下がっていた。伊川津集団の食性は,海産・陸上資源の摂取を特徴とし,晩期の國府集団よりも海産資源をより多く摂取していた。晩期においては,同位体比と抜歯型式の間に明確な関係は見られなかった。このように,人骨資料の年代を確かにすることは基礎的な情報として重要であり,一遺跡内でも食性の時期間変化の検討が可能となる。
著者
奈良 貴史 Maureille Bruno
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.116, no.1, pp.77-81, 2008 (Released:2008-06-30)
参考文献数
2

フランスの人類学が組織的に活動し始めたのは,1859年,P. BROCAによって設立されたパリ人類学会からである。150年近い歴史の中で1832回にも及ぶ例会や会誌の発行などの日常的な活動のほかに,フランス国内のみならずベルギーやスイス等でも開催されるフランス語圏人類学大会(GALF)の中心的な役割を果たしており,英語圏とは一線を画した活動がみられる。1980年頃から会員数の減少に悩まされたが,ここ3年は,若い会員を中心に増加傾向にある。会員数増加への取り組み方や日本とは違った研究制度・組織であるCNRS(国立科学研究所)等のフランスの人類学事情について報告したい。
著者
佐藤 孝雄 巌谷 勝正 長瀬 忍 森 茂樹 能城 修一 吉永 淳 米田 穣
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.127, no.1, pp.15-23, 2019

<p>東京都目黒区祐天寺に所在する阿弥陀堂は,五代将軍徳川綱吉・八代将軍徳川吉宗の養女であった竹姫が,1724(享保九)年,厄除けの為に造営・寄進した堂宇と伝えられる。寺録にはその由来と合わせ,寄進時,施主竹姫の御髪を収めた石箱が須弥壇の下に埋設されたことも記されている。2014年,改修工事のため阿弥陀堂が一時移設されたところ,寺録に記されている通り,須弥壇の真下に当たる位置に基壇に埋設された石箱が現れ,その内部から頭髪と板材片,白色の粉塊,懐中鏡ほか若干の遺物を発見するに至った。小稿では,それらの観察所見・分析結果を報告し,将軍家養女の中でもひときわ著名な竹姫の食性と厄除け行為について推測し得た事柄を記す。</p>
著者
蔦谷 匠 久保 麦野 三河内 彰子
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.55-62, 2018 (Released:2018-06-28)
参考文献数
16

人類学・先史考古学の教育普及において博物館展示は特に有効だが,展示解説には常にさまざまな制約があり,さらに興味を抱いた来館者に対して効果的に展示を補足する工夫が求められる。既存のウェブサービスを活用すれば,大きなコストやスキルを必要とせずに,博物館展示を補足する解説システムを構築できる。本稿では,東京大学総合研究博物館の2009–2013年の人類学・先史考古学を扱った常設展示「キュラトリアル・グラフィティ―学術標本の表現」において実施した,Twitterやブログを利用した展示解説の取り組みについて報告する。2011年9月から2013年5月までの21ヶ月間に,ふたつのシステムを比較し,利用者にアンケートをとって解析した。その結果,以下の3点が明らかになった。(1)来館者の所持する携帯電話端末から閲覧できる展示解説は,多数の来館者から利用を希望されていたものの,モバイル通信ネットワーク経由で接続することを前提としたシステムでは,提供する情報量を絞り,軽量性を重視することも重要である。(2)2011–2013年時点の状況として,10代20代の若い世代の利用率が高く(それぞれ17%,24%)60代以降の利用率が低かった(7%以下)。(3)来館者のニーズは多様であり,どのような範囲のニーズに応えることを目指しているのかを明確にしていく必要がある。
著者
平田 和明 長岡 朋人 星野 敬吾
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.112, no.1, pp.19-26, 2004 (Released:2004-07-14)
参考文献数
15
被引用文献数
13 12

鎌倉市の由比ヶ浜地域には大量の中世人骨が出土している静養館遺跡,由比ヶ浜南遺跡(単体埋葬墓),中世集団墓地遺跡(No. 372)および材木座遺跡の4遺跡があり,これらの出土人骨の刀創の特徴を比較検討した。刀創受傷率は材木座遺跡が最も高く65.7%であり,次に静養館遺跡が6.6%で,中世集団墓地遺跡は1.4%,由比ヶ浜南単体埋葬人骨は1.3%であった。刀創人骨のうちの斬創が占める割合は,静養館遺跡が100%,由比ヶ浜南遺跡が66.6%,中世集団墓地遺跡が75.0%,材木座遺跡が2.7%であった。一方,掻創が占める割合は材木座遺跡が82.3%で圧倒的に高く,中世集団墓地遺跡は2個体だけで25.0%,静養館遺跡と由比ヶ浜南遺跡の出土人骨には掻創は認められなかった。由比ヶ浜地域(前浜)は主として14世紀に中世都市鎌倉の埋葬地として使用されたと考えられるが,遺跡間および同一遺跡内の各墓抗間においても人骨の埋葬形態に差異があることが明らかであり,今後の広範囲な分野から更なる解析・検討が必要である。
著者
諸見里 恵一 譜久嶺 忠彦 土肥 直美 埴原 恒彦 西銘 章 米田 穣 石田 肇
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.115, no.1, pp.25-36, 2007
被引用文献数
5 5

17世紀から19世紀の農耕民であると考えられる,久米島近世人骨(男性56個体,女性45個体)の変形性脊椎関節症の評価を行った。変形性脊椎関節症の頻度は,男女ともに腰椎が最も高く,女性においては重度化を認めた。次に変形性脊椎関節症を認めた部位として,女性は頚椎で,男性は胸椎下部と,男女間で異なった傾向を示した。変形性脊椎関節症の部位別頻度では,椎体前縁部が後縁部に比べ顕著に高く,男性の胸腰椎では右側縁部が左側縁部より高い傾向を示した。関節突起に関しては頚椎が最も頻度が高く,胸腰椎では低い傾向を示した。また,男性は頚椎,胸椎上部の一部に,女性では第11および第12胸椎で頻度が高く性差を認めた。主成分分析の結果でも,頚椎および腰椎の変形性関節症の頻度が高く,腰椎では椎体前縁部と左右縁部に,頚椎では椎体後方と椎間関節に関節症の頻度が高い傾向を確認した。久米島近世人骨の女性は,頚椎の椎体後方に変形性関節症の頻度が男性と比較して高いことから,民俗学者らによって示唆されている,頭上運搬による体幹直立位での荷重の影響を受けたと思われる。<br>
著者
春成 秀爾
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.113, no.2, pp.161-179, 2005 (Released:2005-12-22)
参考文献数
40

1941年12月に中国で行方不明になった北京原人骨の捜索は今もつづいている。しかし,すでに63年前のことで,捜索は行き詰まりの状態にある。本稿では,1941年12月から1年半にわたって日本の憲兵隊が捜査した結果を1943年5月にまとめて上海の憲兵隊司令部へ提出した文書を紹介する。さらに,長谷部言人らの研究者と北京原人骨との関わりを示す文献の提示と分析をおこない,北京原人骨に関する日本側の資料とする。日本・中国・アメリカの資料を検討したところでは,日本軍および日本人研究者の動きが,北京原人骨行方不明事件を発生させたもっとも重大な背景となっているけれども,原人骨の失踪とは直接的な関係は見いだせない。その一方,原人骨の失踪以前にアメリカに渡ったワイデンライヒや彼の秘書であったヒルシュブルク,助手であった胡承志の言動には不明なところがある。北京原人骨の失踪は,日中戦争中,日米開戦時に生じたきわめて不幸な事件であって,日本側に「文化帝国主義」があったことを研究者は銘記しておくべきであろう。
著者
余郷 嘉明 鄭 懐穎 長谷川 政美 杉本 智恵 田中 新立 本庄 健男 小林 伸好 太田 信隆 北村 唯一
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.111, no.1, pp.19-34, 2003 (Released:2003-11-19)
参考文献数
57
被引用文献数
3 3

JC ウイルス (JCV) DNA の系統解析によりアイヌの起源を解明することを目的として, 北海道の3地域(浦河, 白老, 旭川)に住むアイヌ30名から尿を採取した。尿から検出された JCV DNA (n = 13) は5つのゲノム型 (MY-b, MY-x, MX, EU-a/Arc, EU-c) に分類された。MY-b, EU-a/Arc, EU-cは過去に近隣の人類集団から検出されたが, MY-xとMXは今回初めてアイヌから検出された。得られた知見から, (1) 東北アジアから渡来した複数の人類集団が現代アイヌを築いたこと, (2) ヨーロッパ人に近縁の東北シベリア先住民の祖先集団が現代アイヌの中核を形成したこと, (3) 縄文人を形成した集団や新規な東北アジア系集団も現代アイヌの形成に寄与したことが示唆された。
著者
松村 秋芳 高山 博 高橋 裕
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.116, no.2, pp.202-206, 2008 (Released:2008-12-27)
参考文献数
29
被引用文献数
3

高等学校理科の検定済教科書における自然人類学に関連した記述(1952年以降)について調査した。これまでの学習指導要領の改訂の機会に学会の新しい情報がどの程度改訂版の教科書に盛り込まれてきたかについてしらべたところ,更新された記述内容は必ずしもその時代の新しい知見を反映していなかった。最近2回の学習指導要領の改訂では,霊長類としてのヒトという視点から基礎事項の記述が充実してきていることが見出された。人類の起源と進化について理解し,生物としてのヒトの本質を知るために,どのような教材が適切か,どの程度最新の知見を考慮すべきかは難しい問題だが,複合領域としての特性を生かした記載がなされるよう,配慮がなされる必要があると思われる。
著者
溝口 優司
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.122, no.1, pp.29-50, 2014 (Released:2014-06-24)
参考文献数
57

2008年に富山市小竹貝塚から発見された縄文時代前期の女性頭蓋である小竹貝塚1号人骨と,東北,関東,東海,山陽地方の縄文時代中・後・晩期人集団,中国の安陽青銅器時代人集団,東南アジアの新石器―鉄器時代人集団,オーストラリアのCoobool Creek更新世後期人集団との類縁関係を,頭蓋計測値12,10,9,6項目に基づく典型性確率によって検討した。その結果,小竹貝塚1号人骨は,これらの集団の中では,東北地方の縄文時代中・後・晩期人女性集団に最も近いことが示された。他地方の縄文時代早・前期個体標本についても同様の分析を行なったところ,小竹貝塚1号人骨が似ていた東北地方縄文時代中・後・晩期人女性集団に最も類似しているのは北海道の北黄金K13個体であること,そして,この北黄金K13は東北地方の縄文時代中・後・晩期人よりも中国の安陽青銅器時代人や東南アジアの新石器―鉄器時代人にもっとよく似ていることが示された。このような事実に基づいて,縄文時代早・前期相当期におけるアジア人の移住・拡散過程について試行的な考察を行なった。
著者
川久保 善智 澤田 純明 百々 幸雄
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.117, no.2, pp.65-87, 2009 (Released:2009-12-25)
参考文献数
70
被引用文献数
3 3

南東北(宮城・福島・山形)由来の古墳時代人・古代人と北東北(青森・岩手・秋田)由来の江戸時代人の頭蓋について,計測的分析と形態小変異の分析を行い,これら東北地方の古人骨に,縄文人やアイヌの形態的特徴が,どの程度遺残しているかを調べた。比較資料として,東日本縄文人,北海道アイヌ,関東の古墳時代人と江戸時代人,それに北部九州の古墳時代人と江戸時代人の頭蓋を用いた。計測的分析では,顔面平坦度計測を含めた18項目の頭蓋計測値を用い,マハラノビスの距離(D2)にもとづいた分析と線形判別分析を試みた。頭蓋形態小変異については,観察者間誤差が少なく,日本列島集団の類別に有効であることが知られている6項目に絞って,スミスの距離(MMD)にもとづく分析を行った。D2でもMMDでも,縄文人に最も近いのは北海道アイヌであったが,東北地方の古墳時代人(計測的分析では古代人も含む)がこれに次いでおり,古墳時代でも江戸時代でも,九州→関東→東北→北海道アイヌまたは東日本縄文人という,明瞭な地理的勾配が観察された。同様の地理的勾配は,判別分析においても確かめられた。このような地理的勾配から判断すると,今回研究の対象にすることができなかった北東北の古墳時代人は,南東北の古墳時代人よりも,さらに縄文・アイヌ群に近接するであろうと推測された。もし彼らが古代の文献に出てくる蝦夷(エミシ)に相当する人々であったとしても,東北地方の古代日本人(和人)と縄文・アイヌ集団の身体的特徴の違いは連続的であったと思われるので,古代蝦夷がアイヌであるか日本人であるかという“蝦夷の人種論争”は,あまり意味がある議論とは思われなかった。
著者
山崎 真治 藤田 祐樹 片桐 千亜紀 黒住 耐二 海部 陽介
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.122, no.1, pp.9-27, 2014
被引用文献数
1

2012~2013年に沖縄県南城市サキタリ洞遺跡調査区IのII層(約16400~19300 BP[未較正])を発掘し,人骨2点(臼歯1点と舟状骨1点)とともに39点の断片化した海産貝類を検出した。先に報告したI層出土のものと合わせ,計47点にのぼる海産貝類は,人為的に遺跡近辺に運搬され,埋没したものと考えられる。II層由来のマルスダレガイ科(マツヤマワスレ[<i>Callista </i><i>chinensis</i>]・ハマグリ類[<i>Meretrix</i> sp. cf. <i>lusoria</i>]),クジャクガイ[<i>Septifer bilocularis</i>],ツノガイ類["<i>Dentalium</i>" spp.]について組成や形状,割れ方について記載するとともに,微細な線条痕および摩滅・光沢を観察したところ,マルスダレガイ科の破片には定型性が認められ,二次加工と考えられる小剥離痕が高い頻度で見られた。また,特定の部位に使用痕や加工痕と推定できる摩滅・光沢や線条痕が観察できることから,少なくともその一部は利器として使用されたと考えられる。また,クジャクガイの一部にも,使用痕と見られる線条痕や損耗が観察できた。ツノガイ類は,産状から装飾品(ビーズ)として用いられた可能性が高く,その一部には人為的な線条痕が観察できた。以上のことから,II層出土の海産貝類の少なくとも一部は,利器・装飾品を含む道具(貝器)として使用されたものと考えられる。II層出土の人骨と合わせて,こうした貝器の存在は,サキタリ洞での人類の活動痕跡が,少なくとも16400~19300 BP にまで遡ることを示している。
著者
瀧川 渉
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.113, no.1, pp.43-61, 2005 (Released:2005-07-13)
参考文献数
53
被引用文献数
2 3 3

縄文人と北海道アイヌの両集団間に緊密な近縁関係があるということは,頭蓋や歯冠に見られる計測的特徴や形態小変異などに基づいた各種解析の他,古人骨から抽出されたミトコンドリアDNAの塩基配列に基づく分析からも積極的に支持されてきた。しかしながら,両者の四肢骨形態については,今まであまり十分な検討が行われてこなかった。 そこで今回,北海道,東北,関東地方を含む東日本における縄文人骨資料をふまえ,北海道アイヌと現代関東人との間で比較を行い,3集団間における四肢骨の計測的特徴について共通点と相違点を確認した。単変量の比較では,まず縄文人と北海道アイヌの遠位骨が現代関東人よりも相対的に長いということ,縄文人男性の腓骨が著しく太く3集団間で最大であること,縄文人とアイヌでは脛骨の扁平性の強さが共通するのに対し,上腕骨の扁平性や大腿骨の柱状性についてはアイヌの方が有意に弱いことが判明した。 また,3集団間で上肢骨と下肢骨の計測値に基づきマハラノビス距離を求めてみると,アイヌは縄文人と現代関東人のほぼ中間付近に位置づけられるか,やや現代関東人に近接する状況が見られた。その一方,いずれの計測項目の組み合わせでも,縄文人とアイヌの間の距離は,縄文人と現代人の間の距離よりも小さくなることが示された。近現代に至る小進化の過程において,縄文人がアイヌと現代関東人の共通の祖先であると仮定するならば,縄文人からアイヌに至る四肢骨の形質変化は,縄文人から現代関東人への変化よりも小さかったことが示唆される。このような形質変化の違いは,頭蓋計測値に基づいた距離分析の結果ともよく一致する。
著者
長岡 朋人 安部 みき子 蔦谷 匠 川久保 善智 坂上 和弘 森田 航 米田 穣 宅間 仁美 八尋 亮介 平田 和明 稲原 昭嘉
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.121, no.1, pp.31-48, 2013 (Released:2013-06-21)
参考文献数
57
被引用文献数
3 4

本研究では,兵庫県明石市雲晴寺墓地から出土した明石藩家老親族の人骨1体(ST61)について,形態学,古病理学,同位体食性分析の視点から研究を行った。板碑から人骨は明石藩の家老親族であり,1732年に77歳で亡くなった女性である。本研究の結果,(1)骨から推定された性別は女性で,死亡年齢は50歳以上で,墓誌の記録を裏付けるものであった。(2)頭蓋形態を調べたところ,脳頭蓋最大長が大きく,バジオン・ブレグマ高が小さく,頭蓋長幅示数は75.3で長頭に近い中頭,また上顔部が細長いものの顔面全体が大きく,いずれの特徴も徳川将軍親族,江戸庶民,近代人とは異なっていた。(3)炭素・窒素安定同位体分析の結果,ST61の主要なタンパク質摂取源は,淡水魚,または,陸上食物と海産物の組み合わせと推定された。当時の上流階級の人骨のデータの積み重ねは今後の江戸時代人骨の研究に不可欠であるため,今回一例ではあるが基礎データの報告を行った。
著者
山極 寿一
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.122, no.1, pp.76-81, 2014 (Released:2014-06-24)
参考文献数
12

人類学は,現在私たちが生きている社会や,それを維持するために必要な人間の特性が何に由来するのかを教えてくれる重要な学問である。人間の形態的特徴と同じく,社会の特徴も,人類の進化史の中に正しく位置づけないと,現在の人間の行動特性を誤って解釈することになる。たとえば,集団間の戦いは定住生活と農耕が登場してから発達したもので,人間の本性とは言えない。人間の高い共感能力は,捕食圧の高い環境で多産と共同保育によって鍛えられ,家族と共同体の形成を促した。その進化史を人間に近縁な類人猿と比較してみるとよく理解できる。最近の自然人類学の成果をぜひ高校教育に生かしてほしい。
著者
山田 博之 濱田 穣 國松 豊 中務 真人 石田 英實
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
pp.150917, (Released:2015-11-05)

大型類人猿における犬歯形態と性的二型を明らかにすることを目的に研究を行った。資料は各博物館・研究所に所蔵されている大型類人猿(オランウータン,ゴリラ,チンパンジー,ボノボ)の頭蓋骨に植立している犬歯の超硬石膏模型である。大型類人猿の犬歯の歯冠サイズはオスが大きく,メスは小さい。舌側面からみた歯冠概形は4種とも上顎がオスで底辺の広い二等辺三角形,メスで正三角形を,下顎は雌雄とも不正四辺形を呈す。雌雄とも近心shoulder の位置は上顎のほうが下顎よりも歯頸寄りに,また浮彫像では上顎犬歯で近心半部に近心舌側隆線が,下顎では遠心舌側へ遠心舌側面隆線が走行する。4種で比較すると,オランウータンはオスで歯表面に皺が多いこと,また歯冠と歯根がスムーズに移行し,歯頸部にくびれがないことが特徴的である。ゴリラではオスの上顎犬歯の歯頸隆線の発達が弱いこと,および下顎犬歯の近心舌側面窩にある切痕が強いことが特徴であり,Pan属の2種で雌雄とも上顎犬歯の遠心shoulderが近心shoulderの位置と同等か,それより尖頭寄りにあること,ボノボでは雌雄とも上顎犬歯の遠心舌側面隆線が歯頸隆線と合流してL字状の形態を呈すことが特徴的である。大型類人猿4種では犬歯の性差は大きさだけでなく,歯の形態や歯冠構造でも明らかである。メスの犬歯は以下の特徴でそれぞれの種のオスの犬歯と違いがみられた:1)全体的に小さい,2)表面の浮彫は発達が弱く,全体的に丸みを帯びた形態をしている,3)下顎犬歯の近心shoulderは相対的に尖頭寄りにある,4)歯頸隆線は発達が良い。歯冠の計測値ではゴリラが最も大きく,次いでオランウータン,チンパンジーが続き,ボノボが最も小さい。オスの方が歯冠高を含め歯冠サイズは大きい。とくに尖頭と近心shoulder間距離が最も性差が強い。一方,歯頸部エナメル質の膨らみ具合はメスの方が絶対的にも相対的にも値が高い。類人猿の社会構造との比較では,単独生活者のオランウータンと単雄複雌群のゴリラは強い性的二型を,複雄複雌群のチンパンジーやボノボではサイズはこれよりもやゝ弱い性的二型が認められた。