著者
別府 輝彦
出版者
公益社団法人 日本農芸化学会
雑誌
化学と生物 (ISSN:0453073X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.129-132, 2010-02-01 (Released:2011-08-12)
参考文献数
15
被引用文献数
1 1

チーズ作りに不可欠な牛乳タンパク質を凝固させるには,生後数週間の仔ウシ第四胃から得られるアスパラギン酸プロテアーゼの一種であるキモシン(旧名レンニン)が古くから用いられている.筆者らは1981年にこの凝乳酵素の遺伝子(cDNA)を初めてクローン化し,引き続いてそれを大腸菌で発現させて活性のある酵素をつくり出すことに成功した.この一連の研究は,わが国で高等動物遺伝子をクローン化した最初の例であるとともに,異種遺伝子の発現で一定の応用上の成果を上げた遺伝子工学のきわめて初期の実例となった.その成功の直接の基礎となったのは,新しい試験管内遺伝子組換え技術の大きな可能性にいち早く着目して自前でその技術システムを確立したことにあるが,その背景には過去に微生物由来の凝乳酵素を発見・実用化したという研究室の伝統があった.この一文ではそれらに触れた上で,今では想像もできないような状況の中で困難な目標を達成した当時の若い研究者の仕事ぶりに焦点を当てて述べてみたい.