著者
劉 世玉 中出 進
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.6, pp.290-295, 2016 (Released:2016-12-01)
参考文献数
16

近年,新薬創出のための研究開発投資が上昇を続ける一方で,上市される新薬数は横ばいあるいは低下傾向にあり,新薬1品あたりの開発コストの上昇,研究開発の生産性低下が問題となっている.研究開発の生産性を高めるため,各社はイメージングやゲノムバイオマーカーの利用など新たな技術の活用に取り組むと同時に,イーライリリー社のコーラスに代表されるような早期にPOC(proof of concept)を確認するための研究開発モデルの構築に力を入れている.POC確立と関連深い要因として,ファイザー社は曝露/応答の関係性の理解,アストラゼネカ社はバイオマーカーおよび標的と疾患の遺伝的関係性の有無などを挙げている.また,ノバルティス社は遺伝的背景が均一な疾患を対象にPOCを早期に確認する戦略を取り入れている.これらのことは,トランスレーショナルリサーチにおいて,曝露/応答(バイオマーカー)の関係性の理解が重要であること,さらに標的と疾患に遺伝的関係がある場合に効率的な医薬品開発につながりやすいことを示唆している.もう1つトランスレーショナルリサーチの重要な側面として,開発早期の必ずしも情報が十分でない中で如何にGo/No-Goを判断するかという意思決定の難しさが存在する.それらを踏まえて筆者らはトランスレーショナルリサーチを展開しようとしているが,試行錯誤の日々である.意思決定の難しさもさることながら,標的分子と疾患のギャップを如何に埋めるかが重要な課題である.近年膨大な遺伝子情報の利用が可能となりつつあり,それらの情報をトランスレーショナルリサーチにおいて上手く活用することが,そのギャップに対抗し,ひいては企業競争力を確保する手段となりうると期待される.
著者
劉 世玉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.3, pp.131-135, 2013 (Released:2013-03-08)
参考文献数
14

近年,医薬品への研究開発投資は上昇しており,その一方で上市される医薬品の数は横ばいあるいは低下傾向にあり,医薬品1剤あたりの開発コストの上昇,研究開発の生産性低下が問題となっている.研究開発の生産性を高めるため,様々な取り組みが行われており,Exploratory IND(探索的IND,IND:investigational new drug),バイオマーカーの利用,PGx(pharmacogenomics:ファーマコゲノミクス,またはゲノム薬理学)の導入やイメージング技術などを医薬品開発の加速ツールとするトランスレーショナルリサーチ(translational research:TR)は大きく期待されている.PGxは,特定の疾患において,患者のゲノム情報に基づいて,有効で安全性の高い医薬品を提供することを目的としている.製薬企業にとっては,ゲノム情報を用いた「個別化医療」の実現を目指した創薬開発と言える.TRにおけるPGxの役割は,ゲノム情報を導入することにより,探索の段階では,より早期に各疾患の創薬ターゲットやバイオマーカーの確立を可能にする.また臨床試験において,①早期のGo/No-goの意思決定の提供,②レスポンダーや高リスク患者群の同定,③臨床試験において患者の層別など特定のサブグループに焦点を当てた医薬品開発を行うことにより,試験サイズ・費用の低減,開発期間の短縮,成功確率の向上に繋がる.一方,上市後に撤退した薬剤の救済や,レスポンダーとノンレスポンダーの解析結果を基礎研究へフィードバックすることにより新しい創薬にもなりうる.特に,上市後において安全性の問題で市場からの撤退を余儀なくされた場合は,その副作用に関連する遺伝子を同定するために国内製薬企業が構築した日本人のコントロールDNAデータベースを利用し原因遺伝子を特定することにより,その副作用リスクを有する患者群を対象患者から除いた新たな患者層に対する薬剤として再申請し復活させることも可能である.