著者
松浦 哲也 加納 正道
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.96-105, 2008 (Released:2008-10-16)
参考文献数
41
被引用文献数
1

動物行動の多くは,さまざまな環境要因によって決定される。また,それらのうちあるものは特定の刺激により発現し,しかも定型的である。コオロギは空気流刺激に対し,逃避行動をはじめとして飛翔や遊泳など,さまざまな行動を発現する。すなわち,発現する行動はコオロギのおかれた状況により大きく異なる。このことから,空気流刺激に対するこれらの行動は単なる反射ではないことがわかる。コオロギの腹部末端には尾葉と呼ばれる突起があり,尾葉上には多数の機械感覚毛が存在する。これら感覚毛の動きによって感覚ニューロンの活動へと変換された空気流情報は,腹部最終神経節内の複数の巨大介在ニューロンへと伝えられ統合される。巨大介在ニューロンの活動は,逃避行動の発現に重要な役割を担っている。本稿では,はじめにコオロギの逃避行動と尾葉上に存在する機械感覚毛および巨大介在ニューロンの反応特性について概説する。次に,巨大介在ニューロンの活動と逃避行動の関係,成長にともなうこれらニューロンの反応特性の変化について述べる。また,片側の尾葉を失ったコオロギの行動補償と,巨大介在ニューロンの可塑的性質に関する最近の知見も紹介する。コオロギの神経系の研究は,動物行動の神経基盤を理解する上で重要な手がかりになると考えられる。