著者
勝見 晟

肉用牛の肥育において,畜産の発展,多頭飼育とともに,肥育牛の消化器疾患が近時多発の傾向にあり,その経済的損失は多大である。そのうち死廃事故となった肥育牛の胃腸疾患における後胃障害の占める比率は高いものの,後胃,特に第四胃潰瘍については,不明な点も多く,今後に残された問題が種々あるのが現状である。 そこで本研究においては,肥育牛の第四胃潰瘍について野外実態調査を実施し,第四胃潰瘍の一因として粗飼料の給与不足が考えられたことから,粗飼料給与制限による肥育牛の第四胃潰瘍発生試験を実施した。 試験材料および方法1. 第四胃潰瘍の野外実態調査 野外実態調査は,山形県村山地域一円で飼育されている肥育牛(ホルスタイン種♂,黒毛和種♂,♀)を対象とし,第四胃潰瘍の発生状況,給与飼料状況を調査し,第四胃潰瘍牛の一般臨床,血液学的,血清生化学的および第一胃液検査を実施し,さらに病理解剖学的および病理組織学的検索を行なった。血液学的および血清生化学的検査として,血液はヘマトクリット値(Ht),白血球数(WBC),好酸球数(Eos),血清は総蛋白質量(TP),A/G,Na,K,Mg濃度を測定した。第一胃液はpH,低級脂肪酸(VFA)を測定し,さらに糞便の潜血反応を行なった。 検査方法は,Ht,WBC,Eosで,それぞれ毛細管法,トーマ式法,多田井式法を,TPで日立屈折蛋白計を,A/Gでセルロース・アセテート膜電気泳動法,Na,Kで炎光光度法,Mgで原子吸光光度法を用いた。またVFAはガスクロマトグラフィ,糞便の潜血反応はシノテスト4号を用い,組織標本はHE染色をし鏡検を行なった。2. 粗飼料給与制限による第四胃潰瘍発生試験 粗飼料給与制限による第四胃潰瘍発生試験では,黒毛和種♀14頭を用い,粗飼料給与状況により3群に分け,I群4頭,II群4頭,III群6頭とした。試験期間は,生後8ヵ月齢の試験開始時から,生後2,3ヵ月齢の解剖時まで,482日間である。 給与飼料は,各群に基礎飼料として,肉牛配合,プレスムギ,稲ワラを,さらにII,III群はヘイキューブ゙を給与し,給与飼料中粗飼料の占める割合は,TDN換算で,I群10.0%以下,II群10.1~30.0%,III群30.1~40.0%とし,給与量は日本飼養標準肉用牛の要求量に従った。 検査項目は,定期的に供試牛の体高,胸囲,体重,増体重,一般臨床所見,全血でHt,WBC,Eosを,血清でTP,A/G,Na,K,Mg濃度を,第一胃液でpH,VFAを測定した。さらに解剖時に第四胃液VFA枝肉量,各臓器重量を測定し,病理解剖学的および病理組織学的検索を行なった。なお,各検査の方法は,第四胃潰瘍牛の野外実態調査における検査方法と同様である。 試験成績1. 第四胃潰瘍の野外実態調査 肥育牛の第四胃潰瘍について,山形県村山地域の発生状況,給与飼料状況などを調査した結果,死廃事故とした肥育牛の胃腸疾患における第四胃潰瘍の占める比率は,74.0%(37/50頭)と高く,秋に若干多い傾向(14/37頭37・8%)がみられた。また,体重601kg以上(32/37頭,86.5%),経営規模61頭以上(32/37頭,86.5%)で多発の傾向にあった。 給与飼料に関し,第四胃潰瘍の未発生もしくは少数発生の肥育農家と多発農家の給与飼料状態を検討した結果,いずれの農家も給与飼料の種類に大差は認められなかったが,多発農家は未発生もしくは少数発生農家に比べ,肥育前期における給与飼料中粗飼料の占める割合が著しく低い傾向(TDN換算で,未~少発農家20.0%以上,多発農家10.0%以下である)が認められ,第四胃潰瘍の発生において,給与飼料中粗飼料の占める割合が大きな役割を演じることが一応推察された。 病理解剖で第四胃潰瘍の確認された37頭のうち,生前に検査のできた18頭について,その成績を検討した結果,主要臨床所見として,胃腸蠕動の減退~廃絶,腹囲の膨大,少量の黒褐色便等が著明に観察され,第一胃液VFA所見として,第一胃液VFA割合では,対照牛に比べ,酪酸が多く(P<0.01),酢酸,イソ吉草酸の少ない(P<0.01)傾向が認められた。なお,血液検査成績では対照牛との間に著変を見い出せなかった。 病理学的所見として,第四胃に粘膜・筋層および漿膜に達する組織欠損が認められ,同時に第一胃パラケラトージス,小腸の充出血,膵臓の脂肪化,肝臓の小壊死,膿瘍が観察された。2. 粗飼料給与制限による第四胃潰瘍発生試験 第四胃潰瘍発生試験の結果,体高,胸囲,体重などの発育状況では,粗飼料多給群ほどバランスの良い発育が観察された。また,主要臨床所見として,I群3頭,II群2頭,III群1頭は,試験開始後2ヵ月より,軽度の鼓脹症,軟便の継続などが観察され,血液所見では,Ht,WBC,Eos,Eos/WBC,TP,A/Gで,各試験群問に一部有意差を認め,特にHtは,粗飼料少量給与群ほど高い傾向が認められた。 また,第一胃液では,粗飼料少量給与群のpHに低い傾向が観察され,第一胃液VFA濃度も,酢酸,プロピオン酸,酪酸,イソ吉草酸で各試験群間に有意差が認められた。 さらに,各試験群の第四胃液VFAに関し,濃度ではイソ酪酸,酪酸に,割合では酢酸,イソ酪酸,酪酸に一部有意差がみられた。 枝肉量,各臓器重量では,膵臓,第三胃,大腸,下垂体で各試験群間に有意差がみられ,特に膵臓では,粗飼料多給群ほど重い傾向が観察された。 病理学的所見として,I群4頭,II群1頭に第四胃の糜爛~潰瘍が観察された。さらに粗飼料少量給与群に第一胃をはじめ各種臓器に多かれ少なかれなんらかの病変が観察された。 結論 以上の研究成績から,粗飼料給与不足,濃厚飼料多端という飼養形態は,肥育牛に対し,種々な面でかなりの影響をおよぼしていることが認められ,肥育牛の第四胃潰瘍の発生は,粗飼料給与制限,濃厚飼料の多給が原因の一つであることが実験を通じて明らかになった。
著者
佐藤 慎一 和田 恭則 山口 俊男 勝見 晟 小林 正人
出版者
公益社団法人 日本獣医師会
雑誌
日本獣医師会雑誌 (ISSN:04466454)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.19-22, 1992-01-20 (Released:2011-06-17)
参考文献数
12

鉛中毒が子牛に発生した農場の鉛汚染の実態を知る目的で子牛の血液中鉛濃度を中心に調べ, あわせて血液検査も実施した.調査は発生農場およびその周辺の未発生農家の臨床上著変のない10日齢の哺乳子牛 (黒毛和種) をそれぞれ50頭, 14頭供試し, 次の結果が得られた.1) 血液中鉛濃度は発生農場の子牛が51.5±53.1μ9/100mlで, 未発生農家の7.9±3.6μg/100mlに比べて有意に高かった (P<0.01).2) プロトポルフィリン濃度は発生農場の子牛が未発生農家のものに比べて有意に高かった (p<0.05).3) 発生農場の子牛の血液中鉛濃度は1号棟 (1981年製) 12.4±7.9μg/100ml, 2号棟 (1982年製) 48.8±48.9μg/100ml, 3号棟 (1983年製) 81.1±57.3μg/100mlで, 牛舎の建築年次が新しいほど有意に高かった (1vs2: P<0.05, 1vs3: p<0.01, 2vs3: p<0.05)4) 発生農場の牛舎別子牛のδ-アミノレブリン酸脱水素酵素活性は牛舎の建築年次が新しいほど有意に低かった (1vs2: p<0.05, 1vs3: p<0.01)5) 発生農場の牛舎別子牛の赤血球数, ヘマトクリット値は新しい牛舎ほど低い傾向がみられ, γ-グルタミルトランスペプチターゼ活性は高い傾向がみられた.以上の成績から, 発生農場の子牛は鉛に汚染され, しかも新しい牛舎の子牛に鉛汚染の高いことが認められた.
著者
佐藤 慎一 和田 恭則 山口 俊男 勝見 晟 小林 正人
出版者
公益社団法人 日本獣医師会
雑誌
日本獣医師会雑誌 (ISSN:04466454)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.23-27, 1992-01-20 (Released:2011-06-17)
参考文献数
8

鉛汚染の高い10日齢の黒毛和種39頭にエデト酸二ナトリウムカルシウム (Ca, Na2-EDTA) を1日当たり32~37mg/kg体重の割合で静脈内注射した. Ca, Na2-EDTAは5日間投与し, 2日間休薬後再び5日連用した. Ca, Na2-EDTA投与10週後まで子牛の血液中鉛濃度ならびに血液性状を経時的に測定し, 次の結果が得られた.1) 血液中鉛濃度はCa, Na2-EDTA投与1~4週後で高い値を示したが, 7週後では低下しはじめ10週後で有意に低い値を示した (p<0.05). 牛舎別の血液中鉛濃度の推移は1号棟 (1981年製), 2号棟 (1982年製) のもとでは鉛濃度の低下が早く, 3号棟 (1983年製) では遅かった.2) 牛舎別のδ-アミノレブリン酸脱水素酵素活性の推移は1号棟のものがCa, Na2-EDTA投与1週後から増加したが, 2, 3号棟のものでは変化がみられなかった.3) プロトポルフィリン濃度赤血球数, ヘマトクリット値, 血色素量はCa, Na2-EDTA投与1週後から高い値を示した.4) 鉛中毒の発生が2, 3号棟の子牛7頭にみられた.これら発症子牛と非発症子牛の血液中鉛濃度には有意差がみられなかった.以上の成績から, いずれの子牛も鉛中毒発生の可能性があり, それらにCa, Na2-EDTAを投与したところ, 血液中鉛濃度の低下が認められた