著者
友成 有紀
出版者
日本印度学仏教学会
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.60, no.3, pp.1179-1183, 2012-03-25

パーニニ文法学者は文典Astadhyayi (A)に何らかの技術的問題点が見つかった場合,常に詳細な説明(vyakhyana)を行いその排除に努めてきた.それらの問題は基本的にパーニニ文法学者の扱うべき課題であったが,Brhati (B)およびNyayamanjari (NM)という非文法学者による著作にそれらが批判されている箇所が存在する.前主張としてのヴェーダ批判の文脈に現れるこの批判は,内容としては大略パーニニ文法学者の著作,特にMahabhasyaの部分的な焼き直しに過ぎない.しかし,それらの議論がBおよびNMといった著作に取り上げられているという事実はなお一考の価値を有するものである.なぜなら,これらの議論の存在は,プラクリヤー文献と呼ばれるのAの注釈書群-これらはそれ以前の注釈書とは方法論的/性格的に一線を画する-が登場する舞台背景を我々に示し出す可能性を有しているからである.
著者
友成 有紀
出版者
日本印度学仏教学会
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:18840051)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.1133-1138, 2014-03-25

Mimamsasutra 1.3.27は同作品中で「文法学の論題」と通称されるセクションに位置し,この論題では主に(1)言葉には「正・不正」(sadhu/asadhu)の区別が存在するか,(2)存在するとしたらそれは何に由来するものか,(3)その区別は何に基いて知られるか,(4)正しい言葉だけでなく不正な言葉からも意味が理解されるのはなぜか,という四つの問題を扱う."abhiyukta"とはこの内(3)の問題で,ある言葉が正・不正のいずれであるのかを知る上での根拠とされる人々を指示ないし限定する語として現れる.後代の注釈や,現代の研究ではこれを「文法学者」を指すものとして解釈するのが主流であるが,シャバラの注釈を鑑みる限りでは,必ずしもその意味でのみ理解すべきではないように思われる用例がある."abhiyukta"という語と"sista"という語の関係もなお考察されねばならない.