著者
古元 順子
出版者
Okayama Medical Association
雑誌
岡山医学会雑誌 (ISSN:00301558)
巻号頁・発行日
vol.77, no.5-6, pp.773-794, 1965-06-30 (Released:2009-03-30)
参考文献数
54

16才女子高校生にみられた約2ヵ月間にわたる全生活史健忘例の発端および経過として,1. 長期間に準備された不安・葛藤状態があり2. 健忘発端の一日前に偶発的な一酸化炭素中毒に罹患し3. ついで驚愕体験にひき続く意識障碍より覚醒した時に全生活史健忘が始まり,4. 自発性催眠様状態で過去の生活を継時的に追体験し遂に一酸化炭素に罹る直前の状態で覚醒し健忘の回復をみたが,5. 健忘回復後もなお情緒の動揺に関連し,癲癇自動症を疑わせる発作および頭痛が頻発し,これらは精神療法により情緒の安定が得られるまで持続した.検査所見としては1. 一酸化炭素中毒以前より存在したと思われる脳室拡大,頭蓋骨指圧痕,髄液圧亢進が認められ,2. 発端となつた意識障碍とも或程度の関係が推定され,その後の自動症と発作の相関は確実と思われる脳波異常として,後頭側頭部優位の同期性,間歇性のirregular slow wave burstおよび散発性のsharp waveないしはspiky waveが全径過を通じ安静時記録で認められたが睡眠誘発で賦活されず,情緒動揺の著明な時期に一致して上記所見が増強し,とくに右側々頭部で6 c/s positive spikeが繰り返し出現するのが確められ,3. ロールシャッハテストでも不安・神経症徴候および重篤な現実との接触喪失徴候とならんで,癲癇徴候がことに健忘回復後に増強するのが認められた.以上の経過,所見により,本例において健忘の発端となつた意識障碍に対する一酸化炭素および癲癇(とくに情動により誘発される癲癇)の関与如何につき,文献的に比較検討,綜合的に考察し,一酸化炭素の関与は完全には否定し難いが比較的に少く,ごく軽度の意識水準低下として発生準備状態の一要素を形成はていたと推定されるにとどまり,一方癲癇の関与は,発端の意識障宮が情動により誘発された癲癇それ自身であつたか,原始反応としての意識障害を惹起する準備状態の器質的主要因であつたかは別として,相当大きな比重をもつものと推定されることを述べ,併せて全生活史健忘というヒステリー反応が器質的意識障害の機構を利用しても起り得ることを推論した.