著者
古谷 敏行
出版者
公益社団法人 有機合成化学協会
雑誌
有機合成化学協会誌 (ISSN:00379980)
巻号頁・発行日
vol.59, no.5, pp.510-511, 2001-05-01 (Released:2009-11-13)
参考文献数
5
被引用文献数
1 2

筆者の所属する部門では原薬製造プロセスを研究しており, 新薬の効率的製法開発と既製品の工程改良による製造コスト削減を目指している。このなかで, 主に酵素反応と有機合成反応とを組み合わせた, いわゆるハイブリッドプロセスを基盤として研究を行っている。このような分野に従事してきたなかで, 最も強く関わってきたのがジルチアゼムの製法開発である。ジルチアゼムは, 田辺製薬 (株) で開発された冠血管拡張剤であり, 100ヵ国以上で販売され今なお世界的に高い評価を受けている。ここではジルチアゼムの製法開発例を通じて, 企業の研究者としてプロセス研究の進め方・考え方を披露したい。ジルチアゼムは1, 5-ベンゾチアゼピン骨格を有し, 2つの不斉炭素をもつため4種類の構造異性体が存在する。このうち主作用を有するものは (2S, 3S) 体であり, 当初から光学活性体として開発された。スキーム1に当社で開発した主な製造ルートを示す。当初の製造にはジアステレオマー光学分割法によって (2S, 3S) -3を得る方法が採用された。しかし, その後この方法は工程数が長いことと, 分割により大量の廃棄物が副生することから, さらに効率的な製法開発が要望された。一般に光学活性体の製造において, 後工程でラセミ化が起こらない限り, なるべく出発原料に近い段階でキラリティーを構築するのが, 生産効率・経済性・廃棄物処理の面で有利である。この考えに基づいて, transラセミ体として最初に不斉中心が現れる (2RS, 3SR) -グリシッド酸エステル2での光学分割に注目した。しかし, (2RS, 3SR) -2は, 酸・塩基の官能基をもたず, さらにベンゼン環に隣接して反応性に富むオキシラン環を有するため, ジァステレオマー誘導法などの光学分割は困難であった。