著者
古賀 瑞枝
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.1-18, 2013-03-01

福岡県久留米市の筑後川畔に鎮座する水天宮は、全国の水天宮の総本宮である。文政元年(一八一八)、時の久留米藩主有馬頼徳が江戸へ勧請、以後江戸の人々に篤く信仰された。江戸の流行神と見るむきもある。現在、水天宮は安産の守護神として信仰されるが、本来は水難除けの神であった。水難よけの神が、なぜ安産の神となったのか。また、高度に医療が発達した現代にあって、安産の神が信仰されるのはなぜか。これを明らかにするため、まず、久留米での初期の水天宮信仰について紹介する。次に江戸での信仰、近代に入ってからの信仰、当時の家族と社会について考察する。資料として江戸時代の随筆や日記、明治からは戯作・小説・新聞記事などを使用する。より庶民に近い資料を用いることで、市井の人々が水天宮によせた思いに迫れると考えるからである。その結果、人々の願いをすくいあげて変容していく神の有り方が浮かび上がったのではないかと考える。