著者
和田 良子
出版者
敬愛大学・千葉敬愛短期大学
雑誌
敬愛大学研究論集 (ISSN:09149384)
巻号頁・発行日
no.59, pp.109-125, 2001

endowment effect(授かり効果)とは,一度何かを所有すると,それを手に入れる以前に支払ってもいいと思っていた以上の犠牲を払ってでも,その所有している物を手放したがらない現象をさすものである。Kagel=Roth[1995]では,endowment effectを「買値と売値のギャップ」と定義している。それは損失回避(もしくは現状維持)の心理によって説明される。これは,Knetsch and Sinden[1989],Knetsch[1990]らによる実験結果などをstylized factとしてそれを説明しようとするものである。しかし,それに対してHanemann[1991]は所得効果があるために,何かを手に入れるために支払おうとする金額と,持っているものを手放すために補償してもらいたい金額は常に等しくなるわけではないということを理論的に示している。本稿では授かり効果についての議論をサーベイして所得効果をめぐる論点を明らかにし,実験によって所得効果を取り除いた純粋なendowment effectを測定しようと考えた。実験の結果,実際に買値と売値の間にギャップが生じることをみた。しかしそれがほとんど一種の交渉効果によるものであり,一度手に入れたものを手放すことに痛みを伴うため(つまり損失回避のため)ではないことを同じ実験により確認することとなった。
著者
和田 良子
出版者
敬愛大学・千葉敬愛短期大学
雑誌
敬愛大学研究論集 (ISSN:09149384)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.265-283, 2005

本稿は,Epstein and Zin(1989)による異時点間の効用関数おける,代替性のパラメターとリスク態度のパラメターの範囲を実験によって明らかにしようとする試みである。Epstein and Zin(1989)のモデルでは,期待効用理論では分離されていなかった,異時点間の代替性とリスクパラメターが分離されている。本稿では実験によって,時間選好率,異時点間の代替性とリスク態度それぞれの範囲を計ることを目的とする。第1章では,異時点間の効用理論をめぐる歴史的な背景と実験経済学との関係をごく簡単に述べる。第2章では,Epstein and Zin(1989)の理論を紹介する。第2章第1節では,彼らが導入したα-平均という概念に基づくリスク測度μとそのパラメターαを,具体的な数値例によって紹介する。第2章第2節では,異時点間の効用関数における代替性のパラメターρについて,具体的な数値例をもって理解し,時間選好率との違いについても触れる。第3節では,リスク態度αと代替性ρの相関関係,および期待効用理論の意味について述べる。第3章では日本の資産選択の現状について分析する。第4章では実験によるパラメター測定の方法について説明する。第5章で実験の主な結果をまとめ,第6章で結論を述べる。そこでは,簡単な装置の実験においても,時間選好率,意時点間の代替性,リスク態度が異なるものとして観察されることが述べられる。
著者
和田 良子
出版者
敬愛大学・千葉敬愛短期大学
雑誌
経済文化研究所紀要 (ISSN:13492446)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.125-144, 2004-03

1990年代末以降、個人の動学的な意思決定問題として、現在バイアスの問題とセルフ・コントロール問題が再浮上している。セルフ・コントロールの問題は、動学的意思決定問題では、時間選好率のアノマリーの一つであるhyperbolic preferenceとして捉えられることが多い。最近では、hyperbolic preferenceがあると仮定した場合のマクロ的な経済分析は、不良債権問題ヤプロジェクトの失敗など枚挙に暇がない。Hyperbolic preferenceがあるときの異時点間の効用関数は、時間選好率ρだけでは説明することはできない。そこでLaibson (1999)は、hyperbolic preferenceの本質的な要素のみを現在バイアスβとして取り出し、(ρ、β)の枠組みで異時点の問題を定式化した。さらにTed O'Donoghue and Mattew Rabin (1999)は、その後この手法を用いて、人々を3つのタイプにわけて、ビヘイビアの違いを分析した。第一は、現在バイアスがなく、したがって明日と今日の違いは時間選好率だけであるようなTime-Consistent (TC)な個人である。第2は、現在バイアスがあるが、賢者個人(sophisticants)であり、第3が愚者(naifes)である。賢者は、β<1である自分を知っているのに対して、愚者は、自分のβは1であり、自分はTCであると思い込んでいる(β=1)が、現実にはβ<1である点が特性を形成している。彼らの問題への対処は、今すぐ犠牲がかかる場合には、賢者(sophisticants)であれば、自分の動学的問題をバックワードに解いて問題を処理することができる。しかし現在バイアスがあり、かつ愚者(naifes)の場合には、最終期の前の期に初めてβ<1であることに気がつくために、最も大きな犠牲を払うこともありうる。具体的に問題を解いてみると、(ρ、β)の枠組みは問題を複雑にしているように見えるが、実際には、問題を現在と次の期の問題に限定していることがわかる。つまり、いま自分がいる時点で遠い将来までのことを考えるというより、次の期と比べて今期の自分はどうであるかを考えることに重点を置くのである。現在バイアスを克服するためのセルフ・コントロールの問題のうち、いかにして問題を克服するか、ということはO'Donoghue and Rabin (1999)のモデルでは扱われていない。セルフコントロール問題を正面から扱い、定義しているのは、Gul and Pesendorfer (2000)である。Gul and Pesendorfer (2000)では、オプションの存在がある主体の効用を下げるようなとき、セルフ・コントロール問題がある、と定義されている。このモデルでは、セルフコントロールに失敗したときの不効用が明示的に効用関数に取り入れられている。ある主体がセルフ・コントロール問題を感じれば、それを克服するためにプレコミットメントを手段として用いる場合もある。本稿では、以上のサーベイを踏まえて実験を組み立て、セルフ・コントロール問題を感じている個人と感じていない個人の行動を計測した。その実験結果の分析により、(β、ρ)アプローチとGul and Pesendorfer (2000)流のセルフ・コントロール問題の叙述は異なってみえるが、本質は切り離して考えることのできない同質的なものであることがわかった。また、βが非常に小さいが自分でそれを分かっている者は、結局ビヘイビアはnaifesと同じになることから、sophistecateであることの意味について再確認する結果を得た。
著者
和田 良子
出版者
敬愛大学・千葉敬愛短期大学
雑誌
敬愛大学研究論集 (ISSN:09149384)
巻号頁・発行日
vol.66, pp.115-133, 2004

本稿はRabin (2000)のcalibration theoremの意義を問い、期待効用理論の一般化理論の重要性を主張するものである。Calibration theoremは富に関する限界効用逓減だけでリスク態度を説明することへの痛烈な批判である。Rabinは、10ドルのような小さいstakeで期待値がプラスになるようなクジを拒む者は、1/2の確率で無限大の金額が当たるような10000ドルのクジをも退けるというパラドックスを導いた。期待効用理論への問題提起は古く、Alles (1956)に遡る。Allesによって、期待効用仮説を形成する公理のうち、独立性公理が守られないという実験結果が報告されている。独立性公理は期待効用の線形性を保証する公理であるため、それ以来、期待効用の線形性が持つ問題点を改善しようとした理論が多く発表されており、Machina(1989)によってサーベイされている。修正理論の多くは主観的な確率に基づいてウエイト付けをしたものや、非線形な形にしたものなどである。さらに、期待効用理論に代わる理論を構成するものとして、TverskyやKahanemanらによるprospect theoryにも再度焦点が当たった。Prospect theoryの多くは、特別な局面における意志決定についてのfact finding的なものであり、それらを取り入れる形で新しい理論が形成されてきた。それに対し、Epstein and Zin (1989)では、期待効用理論を一般的な異時点間の効用関数の特殊なケースとして導出している。修正型期待効用関数との最大の違いは、効用関数の形状からリスク態度を導くのではなく、リスク態度が現在と将来に関わる意思決定であることに注目し、リスク態度を、現在と将来の消費弾力性や(現在と将来の消費の平準化への嗜好の程度を表す)時間選好率と同様のパラメーターとして、recursiveな効用関数にあらかじめ組みこんでいるところである。