著者
堀 正太郎
出版者
農商務省農事試驗場
雑誌
農事試驗場報告
巻号頁・発行日
no.38, pp.1-43, 1911-03
著者
堀 正太郎 卜藏 梅之丞
出版者
日本植物病理学会
雑誌
日本植物病理學會報 (ISSN:00319473)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.27-31, 1918-02

歐洲大戦亂の突發以來菌類並に細菌の培養に殆んど缺くべからざるペプトーンの輸入途絶したる爲其市價は戦前に比すれば八倍乃至十倍に騰貴し内國製品と雖も尚ほ一封十五圓の時價を保てり。之が爲菌類並に細菌研究所の培壤に要する經費は著しく増加し、就中我邦にて汎く野鼠驅除に應用せらるる野鼠窒扶斯菌の培養は甚だ失費多きことゝなれり。是れ著者の一人が培壤製造上ペプトーンに代用すべき經濟的物料の研究に著手せる動機とす。硫酸アムモニア、炒大豆粉、大豆粕等に就て試驗を行ひたるに大豆粕は最も良結果を奏し、其細〓せるもの三十瓦(水一立に對して)は二十瓦のペプトーン(細菌學上普通に使用する分量)に代用し得べきことを發見せり。此大豆粕煎汁にて寒天、膠、ブイヨン培壤を製して野鼠窒扶斯菌、諸種の植物病原菌並に非病原菌の培養を試みしにペプトーン添加の培壤と毫も異なることなく、野鼠窒扶斯菌の如きは一層良好の發育を爲せり。是を以て大正五年以來西ケ原農事試驗場に於ては特別なる研究の場合以外には菌類並に細菌の培養には皆此大豆粕煎汁培壤を使用することとなり、又府縣農事試驗場にて野鼠驅除用の野鼠窒扶斯菌は一般に本培壤を使用するに至れり。之が爲我邦の各農事試驗場の菌類及細菌研究室の培壤に要する經費は著しく節約し得られたり。今時價に依り培壤一立に要する費用を比較すれば次表の如し。 [table] 大豆粕の分析表に據れば微生物の營養となる主要成分は粗蛋白質(カゼイン)及可溶性無窒物(水酸化炭素物)にして、可溶性窒素の量の多少にあらざることは次に記す大豆粕煎汁及ペプトーン溶液中に存在する全窒素量の比較に依りて明かなり。[table] 斯くの如く大豆粕煎汁に溶解せる全窒素の量はペプトーン溶液の其れの約二十分一の少量に過ぎず而も尚は微生物の蕃殖の良好なるは窒素以外に他の螢養分の存在するを以てなり。 製法 能く乾燥せる淡色の光澤ある大豆粕を撰ぶベし、黴菌の蕃殖せるもの、濕りたるもの、褐色のもの等は煎汁褐色を帯ぶるを以て用ゆべからず。先づ大豆粕を鐵槌又は刃物にて適當の大さに碎き次に鐵製乳鉢にて細〓し、其三十瓦を蒸溜水一立の割にてコルベンに盛り蒸氣釜にて一時間半煮沸す。煎汁は中性にして寛るく綿栓を施したる漏斗に注下して濾過し粗渣を去るべし。濾液は帯青黄白色、二%のペプトーン溶液よりも其色遙かに淡し。煮沸中に蒸發せる水の減量は之を補ふも補はざるも可なり。斯く製造したる大豆粕煎汁の濾液を以て普通の方法手續きに依り、ブイヨン、寒天、膠の各培壤を製す。唯注意すべきはカゼインは酸に依りて沈澱するを以て此煎汁にて酸性培壤を製すること能はず。又肉越幾斯は少しく酸性なるが故に先づ重炭酸曹達の飽和液を煎汁に加へて鹽基性ならしめ然る後に肉越幾斯を加ふべし、然らざれば培壤は溷濁す。