著者
井上 (中村)徳子 外岡 利佳子 松沢 哲郎
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.148-158, 1996-12-20
被引用文献数
1

西アフリカ, ギニアのボッソウにおいて継続研究されている野生チンパンジーの道具使用行動の形成過程について検討した。1990年から設置されている野外実験場では, おもにチンパンジーのヤシの種子割り行動に関する直接観察およびピデオカメラによる録画がおこなわれてきた。本稿では, 1992年度と1993年度におこなった2回の調査で録画したピデオテープ資料をもとに, とくにチンパンジー乳幼児6個体(0歳以上3歳未満)におけるヤシの種子割り行動の発達過程を分析した。逐次記録法により, 各個体にみられるヤシの種子割りに関連する行動すべてをリストアップし, 全部で計310の行動事例からなる行動目録を作成した。この行動目録を(1)種を扱う行動, (2)石を扱う行動, (3)種と石の両方を扱う行動, (4)他個体に関わりつつ種や石を扱う行動, (5)ヤシの種子割りをする他個体に関わる行動, という5つの行動カテゴリーに分類した。さらに各行動カテゴリー内の行動事例を, 操作の方向・段階・複雑性などに着目して, 2〜4つのサブカテゴリーに分類した。こうした行動カテゴリーないしサブカテゴリーに属する行動事例の相対頻度を年齢群ごとに比較したところ, 加齢とともに, (1) 種と石の両方を扱う行動が増加する, (2)種や石に関する2種類以上の操作を連鎖する行動が増加する, (3) 種や石を同時並行に操作する行動が増加する, (4) 他個体の扱う種や石に対して働きかける行動が増加する, (5)他個体に接触しないで観察する行動が増加する, ことなどが明らかになった。チンパンジー乳幼児がヤシの種子割り行動を形成するには, エミュレーションによって自らの試行錯誤を繰り返しながら, これらの柔件を満たすことが必要であると示唆された。