- 著者
-
大下 卓司
- 出版者
- 日本教育方法学会
- 雑誌
- 教育方法学研究 : 日本教育方法学会紀要 (ISSN:03859746)
- 巻号頁・発行日
- vol.36, pp.121-132, 2011-03-31
本稿の目的は数学教育改造運動(以下,改造運動)の契機となったペリーの数学教育論を,その核心にある「有用性」概念を軸に据えて,明らかにすることである。まず,1901年の英国学術協会の年次大会において,ペリーが講演「数学の教育」で提起した8点の「有用性」を概観した。次に,ペリーの実践の歩みに即した教育論の形成過程から「有用性」の背後にある実践・理論を明らかにした。さらに,古典としての性格が顕著に表れていた幾何学とペリーが考案した方眼紙の使用に焦点を絞って「有用性」に基づいたカリキュラムを検討した。最後に,ペリーの数学教育論が当時のイギリスでどのように議論され,数学教育改革に至ったのかを描いた。改造運動は,これまで日本では関数や微分積分学など教育内容が近代化された点に意義があるとされてきた。しかしながら,古典に基礎をおく旧来の数学教育と科学を基礎とするペリーの数学教育論との相克は,教育観の変革をも意味していた。ペリーは「有用性」を軸に据え,科学の基礎をなす数学科による実質陶冶を打ち立てた。この時,教育内容の近代化だけでなく,カリキュラム原理の転換,子ども観・学習観の転換がその背景にあった。改造運動は必ずしもペリーが思い描いた通りに進まなかったものの,内容論にとどまらず,教育の近代化までも志向していた点に意義があった。