著者
大山 彩子
出版者
お茶の水女子大学生活社会科学研究会
雑誌
生活社会科学研究 (ISSN:13410385)
巻号頁・発行日
no.22, pp.79-88, 2015-11

ヨーロッパにおいて「多文化主義は失敗であった」という声が高まっている\が,多文化主義に関する議論は現在も続いており,現代社会において文化的多\様性をどう受け入れていくかを検討することはますます重要になってきてい\る.本論の目的は,欧米で出現し発展してきた多文化主義のコンセプトを概観\し,多文化主義的政策の動向を探ることである.多文化主義は文化的多様性へ\の社会的・政治的姿勢を示すものであり,使われている文脈ごとに理解するこ\とが重要なコンセプトである.それゆえ本論は,イギリスにおける多文化主義\と多文化主義的政策の動向について注目した.\ イギリスの多文化主義は,戦後の旧植民地からの大量の移民流入により急速\に広まった人種差別を減らす解決策として導入された.しかし,イギリス国内\で異なる民族間の衝突が引き金となって起こった2001 年の暴動と,欧米での\相次ぐテロ攻撃を契機に,非難の対象へと変化した.「多文化主義は失敗であっ\た」という批判言説が形成されたが,「イギリスの多文化主義」が明確に定義\されてきていないこと,多文化主義的政策が社会問題をつくりだしたという証\拠がないことなどから,この批判言説に異を唱える学者もいる.\ イギリスの多文化主義議論の中心となるマイノリティグループは,戦後の旧\植民地からの移民と彼らのイギリス生まれの子孫で形成された「エスニック\マイノリティ」である.多文化主義への懸念が高まっているが,イギリス政府\は「人種関係アプローチ」を基盤とした多文化主義的な政策から撤退すること\なく,そうした政策に加える形で,民族間で分断されてしまっているコミュニ\ティ間のつながりや新規移民を主流社会に統合させることを重視する「市民統\合」アプローチをすすめている.\ 人種問題と密接に関係しているイギリスの多文化主義や,その他の国々にお\ける多文化主義から学びつつ,「日本の多文化主義」を考えていくことが重要\である.また,イギリスを含むヨーロッパの多文化主義にとって最も難しい課\題の一つはイスラム教徒への対応だと言われている.異なった文化や価値観を\持つ人々と一緒に暮らしていくよりよい方法を考えていくために,さらなる研\究が求められている.
著者
大山 彩子
出版者
お茶の水女子大学生活社会科学研究会
雑誌
生活社会科学研究 (ISSN:13410385)
巻号頁・発行日
no.19, pp.15-24, 2012-10-31

急速な高齢化と経済的な側面から,外国人労働者への門戸を広げ始めている日本にとって,移民受け入れ国として長い歴史を持っている英国の移民政策は\参考にすべき事例の一つである.そこで本稿では,英国における移民と移民政策の動向を概観し,英国政府が移民にどう対応してきたかを明らかにした.\EU 市民の出入国・就労が基本的に自由であり,多様な人種や民族を抱える英国では「移民」の定義が文脈によって異なり,外国人と日本人の線引きが比\較的はっきりしている日本と比較するのは難しい.英国内で移民政策を論じる上で必ず使われるのは,一年以上住む予定で入国する移民の数であり,出国移民を差し引いた「純移民」は1年間で約25万2,000人(2010年)である.1日あたり約690人の居住者が増えている計算になり,その多さに英国で大きな社会問題になっている.また,移民の多くが英国籍を取得していると考えられている英国では,国内に居住している移民数を「外国籍の者」ではなく「外国生まれの者」の数であらわしており,全人口の1割を超えていると推定されている.\英国の移民政策は主に政治的議論の中で展開してきており,この20年間で入\国管理の焦点は難民認定申請者の制限から高技能労働者の受け入れへと変化し\た.現連立政権(2010年~)は労働・留学・家族を理由とした移民の分類すべてにおいて,非ヨーロッパ国出身の移民の入国規制を実施している.また,61万8,000人(2007年)の非正規の移民が英国にいると推定されており,国民の政府への不信感につながっている.人の国際移動が世界的現象となっている現在,入国規制ばかりでなく,どのように移民を社会で受け入れていくかを含めて移民政策を論じていくことが重要である.まだ議論は始まったばかりであり,今後の展開が注目される.