著者
安保 寛尚
雑誌
摂大人文科学 = The Setsudai Review of Humanities and Social Sciences (ISSN:13419315)
巻号頁・発行日
no.21, pp.107-142, 2014-01

キューバでは1886 年に奴隷制が廃止され、1902 年の独立後、法的には国民の平等が達成されたが、黒人は変わらず人種差別を受け続けていた。ニコラス・ギジェンの『ソンゴロ・コソンゴ』は、白人の価値観が支配するそのような社会において、実際には黒人の要素が深く混ざり合っており、キューバの精神は混血、すなわち「ムラート」であるという考えを提起する革命的な詩集であった。そしてそのような思想が最も反映されているのが≪到着≫である。これまでの先行研究において、この詩はアフリカ人のキューバへの到着と見なされ、時に白人に対する黒人の勝利を歌うものという解釈がされてきた。しかしながら、この詩の背景に見えるのは大西洋を渡ってキューバに至る航海ではなく、山から都市への下山である。また、キューバの向かうべき将来に人種的統合を見据えるギジェンが、人種主義に対する人種主義を訴えているとは考えにくい。そこで本稿は、キューバの山/森が持つ歴史的・文化的象徴性に注目する。そこはかつてスペイン人に抵抗する逃亡奴隷が集落を形成した場所であり、現在も黒人にとってアフリカとの交信が可能になる聖域である。すなわち到着者には、アフリカの遺産を受け継ぐ逃亡奴隷の姿が見えてくるのだ。こうして浮かび上がるアフリカとキューバを結ぶ想像の地図の分析を通して、新しい「混血」の共同体形成を提起するギジェンの詩的プロジェクトを明らかにする。