著者
大久保 恒正 安藤 寿博 垣内 無一 中山 明峰
出版者
高山赤十字病院
雑誌
高山赤十字病院紀要 = Japanese Red Cross Takayama Hospital (ISSN:03877027)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.33-37, 2017-03-01

本来、DAT(ドパミントランスポーター)阻害作用を有しないSSRIであるエスシタロプラムを使用した基礎実験で、A10神経刺激作用を有することが報告されている。然しながら、現在までその事実に対する理由は明確にされてはいない。そこで本稿では、その論理的背景について推察した。その結果、直接的な経路ではなく、セロトニン神経の細胞体樹状突起上の5HT1A自己受容体を介した間接的なドパミン遊離の増強が考えられた。今後、SSRIによるドパミン遊離の増強が、慢性疼痛疾患に対しても有効性を秘めている可能性がある。
著者
大久保 恒正 安藤 寿博
出版者
高山赤十字病院
雑誌
高山赤十字病院紀要 (ISSN:03877027)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.17-26, 2015-03-01

人間にとっての痛みの認知は自分の体を正常に維持するためのものである。痛みの原因は炎症や術後性疼痛や疾患による神経の圧迫、心理社会的な要因が関与した疼痛など様々な原因がひとつ以上重なり合った反応で成り立っている。特に心理社会的要因が背景に存在する非器質性疼痛に対する治療には難渋することが多い。 最近ではSNRIやSSRIなどの新しい抗うつ薬が臨床応用可能となり選択の幅が広がっている。抗うつ薬鎮痛効果の主たる機序は下降性疼痛抑制系の賦活作用と考えられている。しかし抗うつ剤を少量あるいは短期間使用することで慢性疼痛が軽快する症例も数多く経験することから、下降性疼痛抑制系のみならず他の系の関与があるのではないかと推測される。腹側被蓋野(VTA)から側坐核(NAc)や腹側淡蒼球(VP)、扁桃体(Amyg)、前頭皮質(PFC)に神経線維束を送る中脳辺縁系経路と疼痛との関係が注目され、生体に痛み刺激が加わると、VTAから大量のドパミンが放出されNAcからμ-opioidが産生されて疼痛が抑制される。非器質性疼痛を訴える症例は、ストレスや不安、抑うつなどが存在するため、VTAからのドパミン放出が減少しμ-opioidが充分に産生されない状態に陥る。SSRIやSNRIの投与により、VTAのドパミンを充足させμ-opioidを充分に産生させて短時間の疼痛の抑制機構を働かせるのではないかと推測した。エスシタロプラムのドパミンのトランスポーターに対する親和性は極めて低いが、ドパミントランスポーターとの親和性以外の何らかの機序によりドパミンを増加させているものと考えられた。エスシタロプラムは初期用量が持続用量であるため、最初から高用量を使用可能であり、VTAのドパミンを速やかに補充しμ-opioidを産生させる一因となっていると思われた。非器質性の慢性疼痛を訴える症例にエスシタロプラムを投与した場合には、第一段階としてVTAへのドパミン補完によるμ-opioidによる短時間的な鎮痛作用があり、長時間を費やす症例に対してはμ-opioidと下降性疼痛抑制系との相補的作用による第二段階の鎮痛作用があるのではないかと思われた。