著者
安里 瞳 伊澤 雅子
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.191-210, 2020

<p>沖縄島において,外来食肉目による在来種への捕食圧が野生生物保全の上で深刻な問題となっているが,食性分析において,捕食されているトガリネズミ科動物(以下,トガリネズミ類)およびネズミ科動物(以下,ネズミ類)の種同定は,同定検索情報の不足などにより現状では困難であった.そこで,沖縄島での外来食肉目の食性分析への応用を想定し,沖縄島に生息するトガリネズミ類とネズミ類の毛の形態による種判別法の確立を試みた.沖縄島に生息するトガリネズミ科2種(ワタセジネズミ<i>Crocidura watasei</i>,ジャコウネズミ<i>Suncus murinus</i>),ネズミ科4種(オキナワハツカネズミ<i>Mus caroli</i>,ケナガネズミ<i>Diplothrix legata</i>,オキナワトゲネズミ<i>Tokudaia muenninki</i>,クマネズミ<i>Rattus rattus</i>)の保護毛と下毛を対象に,毛長や最大幅,髄質幅の計測と外部形態や鱗片,髄質の観察を行った.さらに,捕食種の毛の混入も想定し,イヌ<i>Canis lupus familiaris</i>とイエネコ<i>Felis catus</i>の毛も同様の方法で観察を行った.</p><p>その結果,保護毛は,トガリネズミ類とオキナワハツカネズミでは直毛の1種類のみ,その他の3種では直毛に加えさらに1種類の毛が確認された.下毛は,調査した6種の小型哺乳類について1種類の毛のみから成り,種間で形態に違いはみられなかった.6種に共通した直毛の保護毛では,毛長が種ごと,個体ごとの平均値10 mmを境に2分できた.また,鱗片と髄質の構造からも類別が可能であった.ネズミ科3種でのみ確認された1種類の保護毛は,毛長では3種間で,最大幅ではオキナワトゲネズミのみ他種間との値に重なりがなく類別可能であった.さらにケナガネズミとオキナワトゲネズミでは,先端付近で髄質が分岐することでクマネズミから類別され,毛根部から毛幹部への移行部の形態の違いからこの2種も類別が可能であった.これらの特性からトガリネズミ科とネズミ科の6種について毛の形態による検索表を作成した.イヌとイエネコの毛については,鱗片と髄質の構造がトガリネズミ類やネズミ類とは異なる形態を有していたため,グルーミング等で捕食種の毛が糞に混入していても類別が可能であると考えられる.</p><p>本研究の対象種については保護毛で種間に明瞭な違いがみられたことから,食性分析において正確に種判別を行うためには保護毛を用いる必要がある.また,複数の毛を用いることで判別の精度が上がる.今回の保護毛の計測結果や鱗片と髄質の観察結果のうちどれか一つだけを用いて種の識別を行うことは困難であったが,これらを総合的に評価すれば科あるいは種までの同定が可能である.</p>