著者
宗野 真和
出版者
公益社団法人日本薬学会
雑誌
藥學雜誌 (ISSN:00316903)
巻号頁・発行日
vol.123, no.8, pp.653-663, 2003-08-01
被引用文献数
2

合成反応やその戦略において炭素-炭素結合の形成反応は重要な課題であり,数多くの反応が開発されてきた.ヨウ化サマリウム(SmI_2)は,温和な条件で使用できる一電子還元剤であり,官能基の単純な還元に始まり,ケチルオレフィンカップリング反応,さらにはこれらを複数組み合わせたタンデム型反応などその報告例も近年増加しつつある.原子としてのサマリウムは,適度な還元力を有すること,イオン半径が長いこと,配位数が大きいこと,ルイス酸性が強いこと,酸素との親和力が大きいことなどの特徴を有する.また,SmI_2の還元力はある種の補助溶媒あるいは金属触媒を添加することにより調節できることが報告されている.例えば,SmI_2のAg/AgNO_3対照電極に対する酸化電位は,-1.33Vであるのに対し,HMPAを4eq.まで添加することで-2.05Vまで増強することができる.また,ある種のケチル-ラジカルカップリング反応の反応速度は,NiI_2の添加により増大することが報告されている.一方,電気化学的な見地から,不飽和カルボニル化合物の半波電位(vs.SCE)は,対応する飽和のカルボニル化合物とともによく研究されている.例えば,2.45V(cyclohexanone)>2.25V(methyl ethyl ketone)>1.8V(propionaldehyde)>1.55V(2-cyclohexen-1-one)>1.5V(acrolein)>1.42V(methyl vinyl ketone)のように,ケトンよりもアルデヒドの方が,また飽和のものより不飽和カルボニル化合物の方が容易に還元され得ることが分かる.私は以上のことを勘案し,SmI_2の反応系に添加物を加えることでその還元力と性質を変化させ,さらに分子内カルボニル基の種類をうまく組み合わせれば生成するケチルラジカル中間体をコントロールでき,結果として位置及び立体選択的に炭素骨格が構築できるのではないかと考えた.そこで,まず双環性化合物であるヒドリンダン誘導体の合成法を確立し,本方法が一般的に効力があるかいなかを確かめ,ついでこれらの反応を利用して天然物合成へ適用することを目標に定めた.具体的には,SmI_2を用いた還元的なエノン-アルデヒドの6-Endo-Trig-型の分子内閉環反応により,各種の置換基を有するヒドリンダノンの構築を詳細に検討した.さらにこの反応で得られたヒドリンダノン中間体を用いて,菌類代謝産物であるcoronafacic acid (9)の全合成を完了した.これらの結果について,順次述べる.