著者
小島 寧 棚町 健彦 狼 嘉彰
出版者
一般社団法人 日本航空宇宙学会
雑誌
宇宙技術 (ISSN:13473832)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.49-58, 2004 (Released:2004-09-14)
参考文献数
6
被引用文献数
1

環境観測, 通信, 惑星探査等で活躍する人工衛星の姿勢軌道制御系(以下, AOCSと呼ぶ)は, 搭載ミッションの要求を満たすために, 高精度な指向決定, 安定度を実現する重要な制御サブシステムである. 宇宙空間においてAOCSに問題が発生し, 迅速な回復措置がとられなかった場合, 衛星は姿勢を喪失し, その結果, 通信途絶, 電力確保不能のような致命的な状態に至る可能性もある. また, 衛星, 地上における通信システムリソースの制約に伴い, テレメトリ数や通信可能時間に上限が生じ, 異常回復を目的とした地上側での迅速な対応は極めて困難な状況にある. とくに, スラスタ異常に代表されるように異常発生から機能喪失に至るまでの時間が短時間の場合に深刻である. さらに, 宇宙空間における人工衛星異常時の軌道上サービスによる迅速な修理作業も, 現時点においては実用レベルまで至っていない. 一方, 地球温暖化等の世界的な気候変動研究に役立つデータを提供する地球観測衛星のユーザは, ミッションの継続性とリアルタイム性を強く要求しており, 衛星としては, ミッションを可能な限り継続できるよう, 故障が発生した場合でも, 自動的に機能・性能を回復できる機能を有することが重要である. 以上のような観点から, ミッションの継続, 安全性の確保, 運用負担の軽減を目的として, AOCSの設計フェーズにおいて, 十分な耐故障性を考慮しておく必要がある. 特に, 軌道上において自動で異常・故障を検知して, 分離し, AOCS機能を自動回復させる機能(Fault Detection, Isolation and Recovery, 以下 FDIRと呼ぶ)は耐故障設計のキーとなる重要な機能であり, FDIRシステムを構築することにより, 高い耐故障性を有するAOCSが実現可能である. 本稿では, 2002年12月14日に種子島宇宙センターから打上げられた環境観測技術衛星「みどり?」(以下, ADEOS-IIと呼ぶ)のAOCSの耐故障設計, 特に新規の複合航法におけるFDIRシステム(以下, 複合航法用FDIRと呼ぶ)について述べる. ADEOS-IIのAOCSは, 地球観測プラットフォーム技術試験衛星(以下, ADEOSと呼ぶ)のAOCSにGPSR受信機(以下, GPSR), ピッチ軸用の精太陽センサ(以下, FSSHと呼ぶ)を追加し, GPSRの軌道位置及び時刻情報に基づき, FSSHデータを姿勢誤差補正に用いることでAOCSの性能向上を図ることができる. これを複合航法と呼んでおり, ADEOS-IIはGPSR情報をAOCSに取り込んだ日本初の地球観測衛星である. さらに, 上述の複合航法にFDIRシステムを採用することにより, AOCS機器の故障への耐性をより高めている. また, 以下に示すような既存のFDIRを超える特徴を有しており, 新規性を有している. (1)複合航法で使用しているAOCSコンポーネントの異常をモニタしているだけでなく, 複合航法に対し, 独立に並行動作させているADEOSで実績のある定常航法の姿勢決定系の結果と複合航法の姿勢決定系の出力をオンボードで比較評価し, 航法の正常性についてもモニタしている. 決定系評価の結果, その差分がある閾値を超えた場合, 定常航法に移行する. なお, 過去のJAXA人工衛星のFDIRにおいて, このようなモニタ方法を採用した例はない. (2)複合航法特有の異常と判断された場合には, 定常航法にモード移行し, 地球観測を継続する. 従来のFDIRの設計では, 異常が発生した場合, スラスタを用いた安全モードである地球捕捉モードに即移行していたが, このモードでは全観測センサの姿勢精度要求を満足できない. しかしながら, 定常航法であれば, 半数以上の観測センサについては姿勢精度要求を満足しており, 複合航法中と比較して観測ミッション達成度は低下するものの, 地球環境情報のグローバル観測の連続性, リアルタイム性は維持できる.