著者
小瀬木 えりの
出版者
大阪国際大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

フィリピンのパナイ島アクラン州カリボは、20世紀末に復興されたパイナップルの葉脈繊維の伝統手織物ピーニャの主要産地として知られている。復興後約20年を経て、この地域の手織物産業は比較的安定した雇用を作り出し、農村を基盤とした副業の性格を脱して専業化した織手職人を抱えるようになりつつある。その背景には、先進国の大手ブランドの下請等、地元の織物製造業者に大口の契約がもたらされた状況があり、この点で生産と市場のグローバル化という潮流に、発展途上国に特徴的な家族経営を未だに基本とするこの地域の零細業者も巻き込まれている構図が見て取れる。専業化傾向は他方で、伝統的な労使関係にも影響を与えている。以前は製造業者と織手は1回の仕事ごとに契約を交わすのみで、長期契約または常態的雇用は保証されなかった。ところが今日では従業員を社会保障制度に加入させ保険料を負担する等、長期雇用を前提に企業が労働者に行うような福利厚生サービスを実施する零細業者も現れ始めた。このことは織手職人と製造業者との関係が、常態的雇用に近い長期契約関係に移行しつつあることを示唆しており、これが農業を離れた専業的職人を生じる基盤となっている。長期契約の専業職人化を促す原因は先進国の大手企業である。カリボの業者が自発的に労働者の待遇改善を図る1つの理由は、品質管理や納期に厳しい先進国の取引先のニーズのため良質な職人を確保する必要に迫られたことである。もう1つは社会的責任と対外的イメージを重視するこれら大企業が、下請業者にも労働者の待遇や福利厚生にしばしば厳しい注文をつけ始めたことである。90年代に発展途上国の子供労働の搾取問題で揺れた米企業の教訓が影響しているのである。外圧により移行を迫られている近代的労使関係と、伝統的なパトロン-クライエント関係には類似点もあり、ここにおいて両者が調整された新たな関係が創発しつつあると考えられる。