著者
小西 勇亮
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.B3P3279-B3P3279, 2009

【はじめに】運動を制御するためには,環境に対する空間座標系の情報のみならず自己の身体との関係を計算する空間座標の情報が不可欠である(乾 2001).今回,自己中心座標の形成により姿勢制御可能となった症例を担当する機会を得たのでここに報告する.尚,発表に際し症例並びに親族に同意を得ている.<BR>【症例紹介】33歳男性,平成20年5月1日事故による外傷性脳挫傷.広範な両前大脳動脈出血により両前頭葉・右頭頂葉領域の損傷が認められた.V-Pシャント術施行.6月3日より当院で治療開始.8月6日の評価にて,Brunnstrom Recovery Stage左上肢3左下肢4左手指4.端座位では体幹屈曲0°以上で保持ができず,頸部・体幹伸展筋群,腹筋群の筋緊張の亢進がみられ,右上肢の支持がないと後方への転倒傾向があった.自己身体の傾きに関する認識は良好も,どの程度傾いたかといった距離に関する認識が困難であり,正中位であるにも関わらず「前に倒れる」といった言語記述がみられた.開眼時と比較すると閉眼時では頸部・体幹伸展筋群,腹筋群の過度な筋緊張が軽減し,後方への転倒傾向も減少した.<BR>【治療仮説・経過】自己中心的な空間座標系における身体図式の形成には頭頂連合野が関与している(Sakata 1992.1995).この形成のためには体性感覚情報と背側経路からの視覚情報の統合が重要となる(森岡 2005).本症例においても,視覚・体性感覚の統合に問題をきたし,自己中心的な空間座標の変質により,端座位保持が困難だと考えられた.よって8月15日より体幹の運動に伴う対象物との距離の認識課題を実施した.<BR>【結果】対象物と頭部の距離の認識が可能となり,「前」「後ろ」といった言語記述から「遠い」「近い」といった言語記述に変化がみられた.端座位での頸部・体幹伸展筋群,腹筋群の過度な筋緊張は軽減し,体幹屈曲10°での保持が可能となった.約1週間経過後,ポータブルトイレでの座位保持獲得といったADLの向上も認められた.<BR>【考察】体性感覚情報と視覚情報の統合により,身体の運動方向に対して対象物との距離が変化するといった自己と対象物の距離を認識する事ができ,自己中心的な空間の処理が可能となった.その為,頸部と体幹の位置が定位出来るようになり,端座位保持に至ったと考えられた.姿勢制御に関与する自己中心座標の形成には,視覚情報と体性感覚の統合が重要であると考えられる.