著者
山口 浩行
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.49, no.6, pp.45-55, 2000-06-10

心中に失敗した女給高野さちよの再生譚「火の鳥」(昭14・5)には、黒色テロリスト須々木乙彦が登場する。彼の造型には、昭和十年の無政府共産党事件だけではなく、大正末期のギロチン社事件の影響も想定できる。彼の敗北とさちよの廃残は、皮相的で享楽的な時代状況において交叉している。「火の鳥」はさちよの再生譚という擬態をとりながら、古い道徳が滅亡する地点を超克する新しい「精神の女人」を創造する試みであった。