著者
山吉 智久
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.95, no.2, pp.145-170, 2021-09-30 (Released:2021-12-30)

旧約聖書において、疫病は自然現象としてではなく、専ら神ヤハウェと結び付けられて、神から人間や動物にもたらされるものとして描かれている。神の力の表れとしての疫病は、古代イスラエルの人々にとって災いの中で最も深刻な出来事の一つであり、戦争、飢饉と並んで、災いの典型と見なされるようになる。ヤハウェを唯一の神とする一神教の展開に伴って、災いとしての疫病も、それを被った人間自身が犯した罪の結果として捉えられるようになった。それは専ら、神ヤハウェの律法を忠実に守らなかったことに対する処罰とされた。それと同時に、この因果応報が持つ根本的な問題についても、旧約聖書は無自覚ではなかった。疫病がわれわれ人間の限界を思い知らせる存在であり続ける中で、疫病の蔓延によって社会的な弱者がより苦しめられるのは無視すべからざる現実である。この社会的な不平等は、それを生み出している人間自身の力で解決されなければならない。