著者
杉本 渥 山崎 正吾 畑井 直樹
出版者
日本応用動物昆虫学会
雑誌
日本応用動物昆虫学会誌 (ISSN:00214914)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.15-23, 1962-03-30 (Released:2009-02-12)
参考文献数
14
被引用文献数
1

本報の実験結果では次のことが認められた。すなわち(1)パラチオン乳剤,BHC乳剤およびDDT乳剤のニカメイチュウ殺虫力は著しく異なるが,これらの薬剤のイネ葉鞘部の外表から内部への浸透性には大差がない。またこれらの薬剤をイネ体表面に散布した場合,これらの薬剤のニカメイチュウふ化幼虫に対する残効の持続性に大差がない。しかしBHC乳剤およびDDT乳剤はイネの葉鞘抱合間隙内ではイネ体表面でよりも残効を長く保ちパラチオン乳剤よりも残効持続性がすぐれる。(2)イネの葉鞘部に散布した薬量が同じでも,高濃度の薬液を少量散布するよりも,ある程度散布液量を多くしたほうが,食入幼虫殺虫効果がすぐれる(パラチオン乳剤およびBHC乳剤)ばかりでなくBHC乳剤およびDDT乳剤では残効も増大する。このことから薬剤はイネ葉鞘部の外表から内部へ浸透移行するだけでなく,散布液量が多い場合には薬液が葉鞘抱合間隙に浸入することによっても移行され,この薬液の間隙浸入作用が薬剤の葉鞘部内移行にかなり重要な役割を果たすと考えられる。(3)散布液量が多い場合に,拡展性の大きな薬液は拡展性の小さな薬液より食入幼虫殺虫効果が大きく,残効についても同じ傾向がうかがわれた。これは拡展性の大きな薬液が葉鞘抱合間隙に浸入しやすいことによると考えられる。なお,BHC乳剤およびDDT乳剤についてそれぞれ主として供試した普通の製剤形態の乳剤と特殊加工乳剤との殺虫効果を比較した結果,製剤形態によるイネ葉鞘部内浸透性およびイネ体表面での残効性の差異は認めず,ただ特殊加工乳剤の特徴としてその拡展性の大きいことを認めたにすぎない。従来パラチオンのニカメイチュウに対する効力がすぐれていることは,そのイネ体内浸透性がすぐれているためと考えられた(弥富,1951;末永ら,1953;石倉ら,1953;尾崎,1954)が,本報の実験結果および上島ら(1954)がパラチオン乳剤のイネ体内浸透を量的に検討した結果から,その浸透性は大きなものではなく,防除効力がすぐれるのは主として殺虫力自体が高いことによると考えられる。したがってパラチオン乳剤のニカメイチュウ防除効果を増強するためには,そのイネ葉鞘部付着薬量を増すだけでなく付着液量を多くして,葉鞘抱合間隙への薬液の浸入による葉鞘部内移行薬量の増加をはかる必要があると考えられる。また現在の市販パラチオン乳剤よりも拡展性の大きな乳剤を用いれば散布薬液のイネ葉身部から葉鞘部への流れ込み(杉本・畑井,1957および本報)と葉鞘抱合間隙への浸入をうながし,効果を増強すると思われる。これらのことはパラチオン以外の殺虫剤の液剤についても同じように必要であろう。BHCやDDTなどの有機塩素殺虫剤は従来ニカメイチュウに対して,ふ化幼虫の食入防止を目標として適用された(石倉,1956)が,本報の実験結果ではこれらの薬剤のイネ体表面での残効性は小さく,イネの葉鞘抱合間隙内に浸入させたときにはじめて食入防止に有効となると考えられる。以上のようにニカメイチュウに対する液剤の散布方法について,散布薬液の拡展性および散布液量はイネ葉鞘部内への薬剤の移行に影響を及ぼして防除効果を左右する重要な要素であると考えた。また殺虫剤のニカメイチュウ殺虫効力の室内検定法についての問題として,イネに対する液剤の散布液量の多少によって同一散布薬量による殺虫効果および製剤の物理性の差異の効果への影響が変動することを,試験条件の設定にあたって考慮する必要があると考える。