著者
山根 キャサリン
出版者
聖トマス大学
雑誌
サピエンチア : 英知大学論叢 (ISSN:02862204)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.153-177, 2008-02

Yamane (2006, 2007)では,アメリカ社会の中で成功を収めたアフリカ系アメリカ人女性の仲間内の会話を取り上げ,それを言語と性,言語と民族性という2つの観点から考察した。アフリカ系であり,かつ,女性である彼女らの仲間内の会話には,アフリカの話し言葉に根ざした「短いことばのやりとり("call-and-response")」が見られるほか,多重否定, be動詞削除などに代表されるアフリカ系アメリカ人英語(African American Vernacular English,略してAAVE)の語彙的・統語的特徴が見られる。これらの言語的特徴には,黒人男性と白人女性を共に敵とみなし,自分たちのアイデンティティーを維持していこうとする強固な仲間意識が反映されている。本稿では,マルコム・リーの映画『The Best Man』(1999)の中の1場面,ポーカー・ゲームのシーンから, 4人のアフリカ系アメリカ人男性の仲間内の会話を取り上げ,それを分析する。この4人は大学時代の仲間で, Yamane (2006, 2007)で取り上げた女性たちと同様,高い教育を受け,アメリカ社会の中で成功を収めている男性たちである。結婚式のために再会した彼らは,学生時代の思い出にふけりながら,結婚前の最後の夜を楽しんでいる。時に未解決のままになっていた学生時代の問題が持ち上がり緊張が走ったりもするが,会話の内容は,思い出話から現在の状況に至るまで多岐にわたる。この会話分析を通して,高学歴で成功を収めたアフリカ系アメリカ人男性の仲間内の会話が,同じように高学歴で成功を収めたアフリカ系アメリカ人女性の仲間内の会話と,どのような点で同じで,どのような点で異なっているのかを明らかにするとともに,各々のグループに特有の語彙的・統語的特徴及び文体的特徴が,それぞれのアイデンティティー,すなわち,アフリカ系アメリカ人女性としてのアイデンティティーとアフリカ系アメリカ人男性としてのアイデンティティーの構築と維持に極めて異なる役割を果たしていることを実証する。