著者
五野井 隆史
出版者
聖トマス大学
雑誌
サピエンチア : 英知大学論叢 (ISSN:02862204)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.A1-A19, 2006-02-28

これは、日本イエズス会副管区長ジェロニモ・ロドリゲスが一六一八年一月一〇日付をもってマカオにおいて作成した、日本のキリスト教界の組ないしコンフラリア(信心会)に関するポルトガル語文文書からの日本語翻訳文である。同文書は、縦二二・四糎、横一七・〇糎の和紙一〇丁からなる。同文書の作成日は、表題の書かれた上書には上記の一六一八年一月一〇日となっているが、本文の末尾に一六一七年一二月二〇日とあるように、すでにこの時点で本文が完成していたことが知れる。本文書の作成者ジェロニモ・ロドリゲスは、江戸幕府が発令したキリスト教禁教令の施行によって、日本管区長ヴァレンチン・カルヴァリョが一六一四年一一月に日本からマカオに去ったのち、同管区副管区長として日本に残留潜伏した。彼は、大坂の陣で敗れて徳川方から追求されていた豊臣方の武将明石掃部全登の子内記パウロを匿うことを同会宣教師達に指図したが、これが発覚し、一六一六年宣教師の捜索が行なわれた。このため、同年一二月、突如長崎で捜索が行なわれ、イルマンの木村レオナルドが捕らえられ、ロドリゲスは翌年マカオに退去せざるをえなかった。従って、この文書は、禁制下におけるキリスト教界の活動に密接に関わっていたロドリゲス神父が、キリスト教徒達の最新の信仰活動について言及したものとして貴重な情報を提供してくれる。本文書は、三部から構成される。一部では、被昇天の聖母の組ないしコンフラリアの規則の要項であって、組の目的、組の構成と組織、組維持の方法、組の会員(組衆)達が守るべき義務(掟)と、それによってもたらされる霊的利益、役務者(役人)の名称と役務、組において許されない過失(科)などが、六章五六箇条にわたって言及されている。二部は、被昇天の聖母の組(コンフラリア)に関する戒めについて述べたもので、キリスト教徒達が日常行なっている信心に関する所作(業(ぎょう))、すなわち、慈悲の所作や、教皇に請願する贖宥(免償)に関する覚書、及び宥が許可されることによって可能となる有効な所作など一八箇条からなる。ここでは特に、ドミニコ会設立のロザリオのコンフラリアがすでに贖宥を獲得していたことに対し、イエズス会が設立した被昇天の聖母のコンフラリアの由緒とその自立性について言及して、同会指導によるコンフラリアの正当性と固有性が主張されている。三部では、教皇に請願される贖宥獲得のための条件である諸々の所作が二四項にわたって述べられている。本文書のコンフラリアに関する規則は、シュッテ師Joseph Schutte S.J.が指摘されているように、包括的なものであり、これを通じてイエズス会が設立し指導していた組(コンフラリア)の組織とその活動の全体像を容易に把握できる点で、極めて貴重な情報である。なお、ロドリゲスの同文書(一〜三部)の日本語訳文については、シュッテ稿、柳谷武夫訳「二つの古文書に現はれたる日本初期キリシタン時代に於ける「さんたまりやの御組」の組織に就いて」(『キリシタン研究』第二輯、九一〜一四八頁、東京堂、一九四四年)がある。訳文はドイツ語からの重訳と思われ、しかも日本語訳文はキリシタン時代に合わせて擬古文の体裁をとっているため、ポルトガル語原文と対照する時、意訳にかたよりがちで文意を損ねている箇所が少なくないことである。同文書の第一部については、ポルトガル語原文からの翻訳が、川村信三『キリシタン信徒組織の誕生と変容』(『キリシタン研究』第四〇輯、教文館、二〇〇三年)の第七章(「被昇天の聖母のこんふらりや」の規則抜粋、三五八〜三八三頁)において、丁寧な解説付きで紹介されている。著者は「抄訳を基本とし、必要なかぎり解説を加え」たとされる。しかし、その労は多とするものの、同翻訳が厳密性を要求される歴史史料としてその利用に供し得るものかと問えば、遺憾ながらと言わざるをえない。原文翻字の若干の誤りは利用者が少数であり原文と対照すれば解決できることであるが、翻訳文の場合には利用者が多く、その多数は訳文のみしか利用できないところから、翻訳史料の提供者はできる限り最善を尽した翻訳文を提供することが求められる。同訳文は必ずしも原文に忠実であると言い難く、また誤訳が多いように私には思われる。翻訳が困難と思われるならば、その箇所を空白にしておくほうが、利用者にとってはよほど良心的である。そのような次第で、私はここに敢えて拙訳を試みた次第である。(二〇〇五年二月八日)
著者
山根 キャサリン
出版者
聖トマス大学
雑誌
サピエンチア : 英知大学論叢 (ISSN:02862204)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.153-177, 2008-02

Yamane (2006, 2007)では,アメリカ社会の中で成功を収めたアフリカ系アメリカ人女性の仲間内の会話を取り上げ,それを言語と性,言語と民族性という2つの観点から考察した。アフリカ系であり,かつ,女性である彼女らの仲間内の会話には,アフリカの話し言葉に根ざした「短いことばのやりとり("call-and-response")」が見られるほか,多重否定, be動詞削除などに代表されるアフリカ系アメリカ人英語(African American Vernacular English,略してAAVE)の語彙的・統語的特徴が見られる。これらの言語的特徴には,黒人男性と白人女性を共に敵とみなし,自分たちのアイデンティティーを維持していこうとする強固な仲間意識が反映されている。本稿では,マルコム・リーの映画『The Best Man』(1999)の中の1場面,ポーカー・ゲームのシーンから, 4人のアフリカ系アメリカ人男性の仲間内の会話を取り上げ,それを分析する。この4人は大学時代の仲間で, Yamane (2006, 2007)で取り上げた女性たちと同様,高い教育を受け,アメリカ社会の中で成功を収めている男性たちである。結婚式のために再会した彼らは,学生時代の思い出にふけりながら,結婚前の最後の夜を楽しんでいる。時に未解決のままになっていた学生時代の問題が持ち上がり緊張が走ったりもするが,会話の内容は,思い出話から現在の状況に至るまで多岐にわたる。この会話分析を通して,高学歴で成功を収めたアフリカ系アメリカ人男性の仲間内の会話が,同じように高学歴で成功を収めたアフリカ系アメリカ人女性の仲間内の会話と,どのような点で同じで,どのような点で異なっているのかを明らかにするとともに,各々のグループに特有の語彙的・統語的特徴及び文体的特徴が,それぞれのアイデンティティー,すなわち,アフリカ系アメリカ人女性としてのアイデンティティーとアフリカ系アメリカ人男性としてのアイデンティティーの構築と維持に極めて異なる役割を果たしていることを実証する。
著者
安藤 千春
出版者
聖トマス大学
雑誌
サピエンチア 聖トマス大学論叢 (ISSN:02862204)
巻号頁・発行日
no.48, pp.36-47, 2014-02
著者
長崎 法潤
出版者
聖トマス大学
雑誌
サピエンチア : 英知大学論叢 (ISSN:02862204)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.55-64, 2007-02

The Khaggavisana-sutta of the Theravada school consists of fourty-one verses in the Suttanipata (Sn.35-75), having a fourth quarter (pada d) refrain, eko care khaggavisanakappo (one should wander alone like the rhinoceros), except the 11^<th> verse. The 11^<th> verse (A-1) is linked to the following verse (the 12^<th> verse) (B-1). By the discovery of the Gandhari version of the Rhinoceros Sutra belonging to the Dharmaguptaka school, we came to know that the Rhinoceros Sutra had been compiled before the schism of Buddhist schools. The 11^<th> verse (A-1) and the 12^<th> verse (B-1) in pairs appear in the Dhammapada 328-9 etc. (A) (B) which seem to be original form of the verses. However a fourth quarter (pada d) of (B) verse has eko care matang'aranne va nago (one should wander alone like a elephant in the forest), instead of eko care khaggavisanakappo of the Rhinoceros Sutra. When the Rhinoceros Sutra was compiled, the preexisting (A) (B) verses were adopted in it by changing eko care matang'aranne va nago to eko care khaggavisanakappo. The verses of the Khggavisana-sutta are recited in tristubh or mixed tristubh-jagati meter. As for (A) (B) verses, all the padas of (A) verse are in tristubh. The padas a, b, c of (B) verse are in tristubh. The pada d (eko care mdtang'aranne va nago) of (B) verse constitutes twelve syllables like Jagati meter, but its meter is obscure. So, there seemed to be no objection to change eko care matang'aranne va nago into eko care khaggavisanakappo (in tristubh meter), when adopted in the Rhinoceros Sutra. Though the pada d (careyya ten'attamano satima) of (A-1) verse is different from the refrain of the Rhinoceros Sutra, there was no problem, because the 11^<th> verse (A-1) is strongly linked to the 12^<th> verse (B-1). Without the 11^<th> verse, only the 12^<th> verse cannot convey enough meaning.
著者
アルバレス ホセ・サンティアゴ
出版者
聖トマス大学
雑誌
サピエンチア : 英知大学論叢 (ISSN:02862204)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.125-140, 2005-02-28

El proposito de esta serie de ensayos es hacer primero el estudio de las caracteristicas fundamentals de la miisica espanola y seguidamente comprobar si esas caracteristicas concurren en algunas obras que suelen considerarse tradicionalmente de musica espanola. En este decimotercero ensayo seguimos el estudio del fandango, comparando los fandangos folkloricos de Espana. El ejemplo que analizamos en el presente ensayo es el fandango de Andalucia.